小説 | ナノ


あるところに、一人の少女がいました。
おばあさんから譲り受けた赤い頭巾を大事に被っていたので、少女は「赤ずきん」と呼ばれていました。

ある日のこと。赤ずきんは、おばあさんを訪ねに出掛けました。森で一人暮らしをしているおばあさんのために、赤ずきんは良くお手伝いをしに行くのです。
鬱蒼と繁る木々。ひんやりした空気に、赤ずきんはふるりと背を震わせました。嫌な噂を思い出してしまったのです。
数日前に家を訪ねてきた、猟師から聞いた噂でした。


――赤ずきん。君は良く、おばあさんの家に行くだろう?
ならば気を付けなければいけないよ。
最近、森で女の子がいなくなることが多いんだ。もしかしたら、狼に襲われてしまったのかもしれない。
私も見回るようにするから、君はなるべく森には入らないようにね。


「………っ!」

狼――。思わず膨らむ怖い想像を、赤ずきんはぷるぷると首を振って払おうとしました。
大丈夫、大丈夫、猟師さんが見回ってくれているもの。それに、おばあさんは私がお手伝いしなきゃいけないの…!

じわじわと広がる嫌な感じ。急かされるように足を踏み出した赤ずきんの後ろで、突然、ぱきんと枝の踏み折れる音がしました。





「こんにちは、赤ずきんさん」

そこに居たのは、フード付きの黒いコートを着た綺麗な女の人でした。フードの影が落ちる白い顔が柔らかく微笑んでいます。
――狼…じゃ、ない…?
どくどく脈打つ心臓。ほっと胸を撫で下ろす赤ずきんに、女の人が口を開きました。

「びっくりさせちゃいました?ごめんなさい」
「は…はい…大丈夫、です」
「こんな森に一人でいたら、危ないですよう?」

狼が、出るんですから。
女の人は「甘楽」と名乗りました。赤ずきんは、今からおばあさんの家を訪ねることを伝えました。
甘楽が手を叩きます。

「あ、そうだ!ね、赤ずきんさん、一緒にお花を摘みに行きませんか?私、とっても綺麗なお花畑を知ってるんです!」
「お花…ですか?」
「綺麗なお花を持っていけば、きっとおばあさんも喜んでくれますよ」
「…でも…狼が…」
「大丈夫ですよう、すぐ近くですから!」

心配する赤ずきんの手を取って、甘楽は森の奥へ歩き出しました。
不安そうに甘楽を見上げる赤ずきん。甘楽は目を細めて、くすくすと笑い声を漏らします。

「大丈夫、誰も来ませんよ。だあれも、ね…」





白く可愛らしい手を引いて、甘楽は機嫌良さそうな笑顔を見せました。口元に鋭い牙が覗きます。
森に出る狼とは、甘楽のことだったのです。
木々の間、誘うように揺れる赤い頭巾。見た瞬間、思わず声を掛けてしまいました。

――とっても、おいしそう!

甘楽は人間の女の子が大好きなのです。女の子が居なくなったのも、甘楽の仕業でした。
でも、最初は食べてしまうつもりで近付いた赤ずきんのことを、甘楽はとても気に入ってしまいました。確かにおいしそうなのですが、食べてしまってはなんだか勿体ない気がしたのです。
おばあさんの家に先回りすることも考えましたが、止めてしまいました。今はとにかく、赤ずきんと一緒にいたかったのです。

可愛い可愛い赤ずきん。私のものにしたいなあ!

「着きましたよ」
「わあ…っ!」
「ね、綺麗でしょう?」
「はい…!ありがとうございます、甘楽さん!」

広い花畑。甘楽がたまたま見つけた、誰も来ない秘密の場所です。
赤ずきんの笑顔を見て、甘楽はますます赤ずきんを好きになってしまいました。同時に心が疼きます。
うずうず。欲しい、いじめたい、食べちゃいたい!

「…いただきます」
「え…?…きゃあっ!」

しゃがみ込んで花を摘んでいた赤ずきんを、甘楽はその場に押し倒しました。どさり、籠の落ちた音が聞こえます。
驚いて丸くなる澄んだ眼を見返して、甘楽はぺろりと舌を出しました。

「…か…甘楽さ…?」
「ふふ。可愛い…言ったでしょう?狼が出るって!」
「………っ? …ひっ…!」

フードの下から現れた大きな耳。
赤ずきんが恐怖に息を詰まらせます。
牙を見せつけるように口を開けると、ぽろぽろと泣き出しました。

「…ゃ…たすけて…お願い、食べないで…っ」

もちろん、甘楽に赤ずきんを食べる気はありません。赤ずきんの目元にそっとくちづけて、出会った時の柔らかい微笑みを見せます。

「赤ずきんさんが私のものになってくれるなら、食べないであげますよう?」
「……そんな…!」

そうじゃなきゃ、食べちゃおうかなあ。
頭巾から覗く首筋に唇を寄せて、甘楽は呟きました。怖くて動けない赤ずきんに、選択の余地はありません。

ふわりと漂う甘い香り。白い肌にキスをして、うっとりと甘楽が零します。

「…やっぱり、おいしそう…」
「…っ!!」

甘楽はどうしても我慢出来なくなって、赤ずきんの首筋を緩く噛みました。
牙を突き立てるつもりはありませんでしたが、肌に触れた鋭さに赤ずきんはびくんと震えて、くたりと気を失ってしまいました。

「あ…」

瞼を閉じた赤ずきんを見つめながら、甘楽はまだ赤ずきんの名前を知らないことに気がつきました。すっかり訊ねるのを忘れていたのです。
――でも、名前くらい、また後で訊けばいいか。

鮮やかな赤い頭巾。甘楽が笑うと、頭の耳がぱたぱたと揺れました。


バッドエンド
(可哀想な赤ずきんは、狼の手に落ちてしまったのでした。)


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