小説 | ナノ


※サキュバスの話



「ひ、ひっく、うー…っ」


シーツにくるまって、ぐずぐず泣き声を漏らす。昨夜と場所を違えることなく、なまえはまだベッドの上に居た。逃げたくとも逃げられないのだ。気を失っている間に、右手を手錠でベッドヘッドへ繋がれてしまった。

くう。身体が空腹を訴える。音だけは可愛らしいが、空腹が与える影響は凶悪だ。普段のなまえならば何の問題も無く外せる手錠にも、今は大人しく捕まっている他無い。むきになって暴れてみたが、手首が痛んだだけだった。
空腹と情けなさで、なまえはまた、ぐすん、と鼻を啜る。


「ぜ、ぜったいっ…、ゆるさないん、だから…!」


――人間のくせに!
ひどく楽しそうに「いい子で待っててくださいね!行ってきます!」と言い残して、甘楽は出掛けていった。帰ってきたら、また好き勝手に玩ばれてしまうのだろうか。小さく喉が鳴る。
どうしよう、どうしよう、混乱から再び泣き出しそうになった時――


「こーんにーちはーっと…あ!すごいすごい!ホントにいるよクル姉!金髪だー!」
「…驚」

「……っ!?」


ビクリと身体が跳ねる。無邪気な声を上げる少女が二人、扉の前に立っていた。古風なセーラー服に身を包んだ少女が、笑いながらなまえに語りかける。


「ねえねえねえねえ、おねーさんがなまえさん?」
「や、な、何よ、あなた達…っ?」
「甘楽姉が言ってたよ!すっごく可愛い悪魔さん捕まえたーって!だからね、クル姉と一緒に遊びに来たの!ね!」
「愉…」
「…か、かんら、ねえ…? くるねえ?」


セーラー服の少女はマイル、体操服の少女はクルリと名乗った。甘楽の妹だという二人を見ながら、もしかしたら、と思う。
少し変だが、まだ子供だ。気を付けさえすれば、まさかまた、昨晩のようにはならないだろう。
(逃げられる、かも…!)
折れかけた心が復活する。潤んでいた目をごしごし擦って、なまえは決意を固める。

しかし――
なまえはやはり、甘かった。


「ね、ねえっ、これ!取りなさい!」
「え?…あ、手錠か!なまえさん、それくらい外せないのー?」
「……悪」
「ば…馬鹿にしないでっ!外せるわよ! …ただ、今は力が出ないだけなんだから!」


思わず言い返した言葉に、マイルがにこ、と笑みを浮かべた。「…ひ、っ?」既視感にぞわりと背筋を震わせるなまえを前に、マイルはどこまでも無邪気に言葉を紡ぐ。


「…ふーん。じゃあ、やっぱり何も出来ないんだ!」
「え…?」
「あはは!知ってるよ!――だから遊びに来たんだもん。よいしょーッと」
「馬。…愛」
「な、何…っやっ!?やめ、なさ…!」


覆い被さるように乗ってきたマイルがにたりと笑う。抵抗する前に自由な左手を押さえ込まれてしまった。それでももがこうとするなまえに、マイルは目を細める。



「あ、ダメダメ、だーめ!暴れちゃだめ!あはッ」
「ひ…ゆ、許さないわよ、こんなの…!放しなさい!」
「いいのかな?そんな口きいちゃって!あははッ!ねえ、私たちね、甘楽姉にとっても良いこと聞いたの!なまえさん、尻尾が弱いんだよね!クル姉、どうぞー」
「了」
「………!!あ…っ!いや、いや…っん!」


悲鳴を上げかけた唇を、マイルが自らの唇で塞ぎ込む。右手は手錠に、左手はマイルの指と絡められて動けない。鼻にかかった声しか出せないまま、何の抵抗も出来ずに視界の端のクルリを見つめる。
冷たい手がシーツの下の尻尾を掴んだ。きゅう、と握られて跳ねる。止まったはずの涙が零れた。


「んっ、んんぅっ!ふあ、ぁむ…っや、ん!……やめ、きゃう!」
「んッ…、やめてほしい?」
「やめて、やめて…っ!おねがいっ、や、あ、あっ!」
「んー。じゃあ、偉そうにしたこと謝ってくれたらやめてあげる!」
「ほ、ほん、と…っ?」
「頷」


すっかり振り出しに戻ってしまった格好。しゃくり上げながら、必死に言葉を選んだ。そんななまえに追い打ちをかけるように、尻尾を握るクルリの力が増していく。嬲られた記憶が甦る。あんなの、もう、嫌…!
考える時間は与えられず、止めて欲しい一心で、なまえは泣きながら謝罪を始める。


「ご、ごめ、っなさ……ひく、ごめんなさあい…!ふえ、ゅ、してっ!ゆるしてえっ…!」
「…愛」
「あは!良くできましたー。いいこのなまえさんに、クル姉からご褒美だよ!」
「!?っひ、あっ…!!」


ぢゅ、音を立て吸い付かれる尻尾に仰け反る。びくびく震えるなまえにマイルが再びくちづけた。
くちゅ、ちゅっ。絡め取られる舌も声も尻尾も、なまえに逃れようのない快感を植え付けていく。自分がどろどろに溶かされてしまうような、非情で、それでいて酷く甘い拷問。
もう何も分からない。


「ふ…んう、んっ、ん…っ、ふえ、うそつき、うそつきい…っ!ひゃんんっ!」
「もー!可愛い!あー、んっと、こういうの何て言うんだっけ?塗装が剥がれてきた?」
「違……」
「やうっ…おかしく、なっちゃ……ひっく、ひあっ、ぃやあ…!やらあああぁっ!」
「あ、なまえさんイっちゃった?うーん、ちょっとつまんないなあ。でも甘楽姉が、ちゅーまでしかしちゃいけないって言うし………あ!」
「何?」


くたり、脱力したなまえの上でマイルが呟く。そんなマイルと会話を続けながらも、クルリはまだ尻尾に興味を示して、いたずらに弄り回している。


「いいこと思いついちゃった!私天才!ねえ、なまえさん!
―――今度は、甘楽姉と四人で遊ぼっか!」
「…や……やだ、やだっ…たすけ……!」


無邪気に笑う良く似た顔がなまえを覗き込む。
恐怖に目を見開くなまえを嘲笑うかのように――がちゃり、扉の、開く音。



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