小説 | ナノ


ひゅう、う、う、う。

風が鳴く。足元の、奈落とも思える真っ暗な闇を見つめて、私は一人で立っている。
乗り越えた錆の浮いた柵。握りしめる手に、ちくちくと微かな刺激。

「………」

高いところは、好きだ。

黒い街を見渡す。くらくらと目眩がして、ふ、と目を閉じた。

―――――


私は、不器用だった。
やれ、と言われたことがいつまでもいつまでも出来ずに、いつまでもいつまでも残されて、最後に呆れられながら解放される。勿論、うまく終わらせることが出来ずに。

――どうして出来ないんだろう?
――どうして、みんなと同じになれないんだろう?
失敗、失敗、失敗、また失敗。
泣きながら、何度も何度も、繰り返し。
――あと、一回だけ。もう一回だけ。
みんなと同じところに届きたくて。


私は、不器用だった。
「諦める」ことも出来ないくらい、不器用だったのだ。


月日は流れ。不器用なまま成長した私は、同じように終わらない輪の中で足掻いた。
「しょうがないよ」と人々は言い、そして、いつしか離れていく。

どう言おうと、どう足掻こうと。
「不器用」は、免罪符にはならないのだ。

気付いてしまった。
思い知ってしまった。
本当はもう、ずっと昔に分かっていたのかもしれない。しかし、今更目を瞑ることは私には不可能だった。気付かないふりをするには――私はもう、大人過ぎたのだ。

私に罅が入る。砕け散る瀬戸際まで広がった、最早私ですら触れることの出来ない裂け目を宿し、奈落を見つめている。

「死にたいのかい?」

不意に。
背後で男の声がした。


―――――


「ここはいいね。街が綺麗に見下ろせる」

真っ黒なコートを羽織った男が、楽しそうに呟いた。ひゅう、う、う。風が男の髪を靡かせ、端正な顔に影を落とす。

「それで、質問の答えは何だい?君は死ぬ気なのか、それともただの高いところが大好きな物好きなのか?」

男の眼には憎悪のような慈しみのような憐憫のような、不思議な感情が隠っていた。崩れそうな罅がびしりと音を立てる。死ぬ気なのかそうでないのか、私にも分からなかった。

「……大丈夫」

口をついて出たのは、何回も言い聞かせた言葉だった。
大丈夫。まだ大丈夫。きっと出来る、だからもう一回だけあと一回だけ――

「…本当に?」

男が言った。はっきりとした感情を言葉に滲ませて。

「…可哀想にねえ。そんな風になるまで――君は誰にも手を差しのべられなかったわけだ」

憐憫。自暴自棄な同情。

「…悪いのは、私」

呟く。私がいけないのだ。追い付けない者は置いていかれる、そんなのは当然のこと。
――大丈夫。
男が口を開く。

「そしてまた夢を見るつもり?届かないと分かっているのに足掻く気?自分を傷つけるのかい?」

こつ、こつ、靴音が響く。
言葉に詰まる私の目の前に、「黒」が立つ。男が笑った。

「もういいんだ。君はもう――疲れてしまったんだろう?」


「…おいで。泣いてみなよ」


伸べられた手が、瞬く間に滲む。
奈落の手前、暗闇の中――私は初めて、声を上げて泣いた。


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