小説 | ナノ


「臨也。見てました?さっき」
「ああ」
「ふふ。可愛いでしょう、なまえ」


薄暗い室内。吐き気がするくらい俺そっくりな顔が微笑む。向かい合って座ると鏡を見ている気分だ。瓜二つの異性を映し出す鏡なんて、そんなものいらないが。


「…なまえちゃんも、運が悪い」
「失礼なこと言わないで下さい。なまえを幸せにしてあげられるのは、私だけなんですよう?」
「クハッ…よく言うよ」


騒がしい人の波の中で見掛けた光景。
甘楽ちゃん、甘楽ちゃん。今にも泣き出しそうな声で名を呼んで縋り付く彼女を、愛しそうに愛しそうに抱き締めて――
「にた」、と口の端を吊り上げて笑った、あの顔。

ああ、本当に、俺達は良く似ている!


「彼女から人が離れていくように仕向けたのは…お前だろ?」
「当然じゃないですか」


なまえは、他の誰にも渡しません。
艶然と語られる狂気。うっとりと目を細め頬を染めて、この姿だけならば恋する少女のようだ。恋の対象と、そのための手段が、悉く歪んでいるとしても。

染める、なんて表現は生温い。彼女は沈められているのだ。頼るべき人間も逃げ道も全て奪われて、抵抗すら出来ないよう雁字搦めにされて、甘い甘い毒の海へ、どぼん。手を延べてくれるのは一人だけ。それが自分を沈めた相手と知らずに、彼女は一層深みへ陥っていく。抜け出すことは叶わない、不幸色をした幸福。
目の前の唇が、昏い愉悦を紡ぎ出す。


「私は、臨也みたいに突き放しはしませんよう?ずっと、ずうっと、大事に可愛がってあげるんです!なまえを幸せに出来るのも可愛がってあげるのも触れられるのも、私だけ、私だけ、私だけ!アハッ、見ました?ねえ見ました?甘楽ちゃん、だいすき、いなくならないで、ってしがみついてきたんですよ?可愛いなあ、可愛いなあ…ッ、アハハッ…アハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


壊れた笑い声が反響する。
―可哀想に。ただそれだけを思い、俺は微かに喉を震わせた。

合わせ鏡は、どこまでもどこまでも歪んでいる。


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -