小説 | ナノ
深夜。違和感に甘楽は目を開いた。
ベッドが沈んでいる。甘楽の他にもうひとり、乗っているように。
「…………」
すっと頭が冴えた。薄く開けていた目をぱちりと大きく開けた、時。
目が合った。
「!」
暗闇に慣れていく瞳が、緋色を映す。甘楽に覆い被さるような格好で、目の前のモノが声をあげた。
「あ、ちょっと!起きちゃだめ、寝なさい!」
「……えっと…泥棒ですか?」
「違うわよ!」
覆い被さっていた『女』が、心外だというように声を荒げる。明らかに異常な事態にも関わらず、甘楽はそれほど動揺していなかった。元より非日常の街。「異常」には慣れている。自身があらゆる火種を大きくする立場であるから、なおさら。
「じゃあ何なんですー?ていうか、どうやってここに」
「ふふん!私に錠なんて通用しないわ!あんなので締め出せると思ったら大間違いよ」
「(ふふんって言う人初めて見た…)普通は締め出せるんですけどねえ」
「人間なんかと一緒にしないでっ!」
絵に描いたような勝ち誇り方。腰に手を当て、女は自慢気に笑ってみせた。あ、マウント取られちゃった。何とはなしにそう思う。
いや、それよりも。
この女、今何と言った?
「………人間なんか?」
「そうよ。人間なんか、私たちサキュバスにとっては餌みたいなものなんだから!」
「……へええ…。貴女サキュバスなんですか?」
「そう!サキュバスのなまえ様よ、畏れなさい!」
サキュバス。
夢魔とも称される、人間から精気を奪う魔物。
高らかに宣言して、なまえと名乗った女が笑った。首無し妖精といいこのサキュバスといい、池袋にはヒトあらざるモノを呼び寄せる力でもあるのだろうか。
態度から見て、なまえは甘楽よりも歳上のようだが、何だか生意気な子どものようだ。憎めない、嬉しそうな笑顔に見下ろされながら、甘楽は目を細めた。
「…ふふ。なんか、可愛いっ」
「? …何よ。何がおかしいのよ?変なの…」
この状況で笑みを浮かべる甘楽が理解出来ないらしく、なまえが首を傾げる。その仕草を見た甘楽はますます上機嫌に、なまえに話し掛けた。
「…ね、サキュバスって、寝てる人から精気をもらうんですよねえ?」
「そうよ?ふふ、気持ちいい夢見させてあげるから、大人しくしてなさいっ!」
得意になって命令してくる緋色の瞳を見返して、数秒。
これ以上ない程にっこり笑って、甘楽は一言吐いた。
「嫌です!」
「…え…あ、きゃあっ!?」
薄い布の下で細い身体が蠢いたと同時に、なまえはベッドから振り落とされていた。ひやりとした床が頬に当たる。
くすくす。不意を突いた甘楽が、笑いながらなまえを押さえ付け、うっとりと呟いた。
「私、えっちなことするんだったら、寝てるより起きてる方が好きなんですよねえ…」
「っ…?………っ!?はっ、離しなさ…あうっ…!」
「…暴れちゃ駄目ですよう?私、貴女みたいな高慢な人いじめるの、とっても好きなんです!」
「ひ………っ」
暴れようと身動ぎしたなまえの腕を簡単に捻り上げてしまう。頬を上気させて恍惚とした表情で語り出す甘楽を見て、なまえの喉が鳴った。遅すぎる警報が響く。
「嫌ぁッ!放して、放してっ……ひあ、ぁ…!」
「あの化物の所になんて行かなくて良かったですねえ…?私よりずうっと酷いことされちゃってましたよう?きゃっ、私ってば優しい!」
「あ、あ………ごめんなさい、ごめんなさい…!もうここには来ないから、何もしないから…っだから、おねがい、ゆるしてっ…!」
「んふ、震えちゃって、可愛い…残念ですけど、そのお願いは聞けません。私、貴女と、すっごく仲良くなりたくなっちゃいましたから!」
「…や……やだ、いやあああっ!」
哀れな魔物の悲鳴を呑み込んで。
夜はゆっくりと、更けていく。