小説 | ナノ
※女の子が吸血鬼
「やあシズちゃん」
「よぉノミ蟲。死ね」
「……あれ?何、機嫌いい?」
「テメエに会って機嫌いい訳ねえだろうが。さっさと死ね」
「(え、でも殴りかかって来ない…なんか気持ち悪い)」
ある日の池袋。いつものように喧嘩人形をおちょくりに意気揚々と話し掛けた折原臨也は、いきなり出鼻を挫かれた。
喧嘩人形のはずの平和島静雄が、何やら機嫌が良いのだ。これではからかい甲斐が無い。
(し、シズちゃんのくせに…!)
これではこっちがからかわれているような気がする。非常に面白くない。人並外れて性根が腐っている臨也は、どうにかして静雄をおちょくろうと口を開く。
「へえ…?珍しいね、シズちゃんが怒らないなんて」
「うるせえな、とっととどっか行けよ臨也」
「(ええええ!?)」
一体どういうことなのか。青筋すら立たない静雄の額を見て、臨也は柄にもなく激しく動揺した。ノミ蟲どころか名前で呼ばれてしまった。ぞわぞわ。
(えええええ気持ち悪…!)
しかしふと、静雄が首筋を掻いているのに気付く。あ、なるほど。
臨也はほくそ笑む。
「…分かった。シズちゃん、今なまえちゃんと一緒でしょ。何処に行ってるの?なまえちゃん。買い物?」
「ああ…?何言ってんだお前。なまえなら俺の部屋で寝てるぞ」
「、な」
馬鹿か、とでも言いたげな目付き。しれっと言い放つ静雄に顔がひきつる。寝てる、って。寝てるって。
「…首。咬まれたんじゃないの」
「『咬まれた』?『咬ませた』んだよ、馬鹿野郎」
「(シズちゃんの分際で俺に馬鹿ってえええ!)…咬ませた?」
「体力ねえからよぉ…」
「(えっえっなんかまさか)」
「まあ聞けよ、ノミ蟲野郎」
「(うわあああ絡まなきゃ良かった!)あ…回想入るんだ」
「しずおさ……っも、やあ…っ!」
「あ…?まだいけんだろ?」
「ひゃうっ!?や、むり、ゆるして…!」
「あー…ったく、仕方ねえな…ほら、咬めよ」
「……ぅ、え…?」
「血。飲めば、治んだろうが」
「……………!!い、や…」
「なまえ。…飲まないでヤるか、飲んでヤるか、どっちだ?」
「ふゃ…う…!ひ、っく……ん、んん…っ」
「っ、は…」
「んう…っ?や、待って、まだ……ひああぁっ!」
「…………うわあ」
臨也が青い顔で呟いた。ちょっと、いや、かなり可哀想な気が。
「それ、体力無いんじゃなくてシズちゃんが異常なだけでしょ…?俺でさえ引いたよちょっと」
「は?」
「いや、いくらなまえちゃんが吸血鬼だからってさあ……それで、何回咬ませたの」
「三回」
「さんっ…」
ますます可哀想になってきた。ただでさえ無尽蔵の体力を持つバケモノを相手にしているのに、体力が限界になったら強制的に回復させられて。しかもそれを、三回?
「もう無理、って泣きながら吸うんだ、可愛くてよ」
「もういいよ…シズちゃんの人でなし……」
げんなりした臨也が言う。まさか自分の口から「人でなし」なんていう言葉が出るとは。その上、平和島静雄に凹まされるなんて―
恥だ。「折原臨也」という歴史が始まって以来の屈辱だ。
話し掛けなきゃ良かった。俺の馬鹿。
「おーい静雄ー?取り立て行くぞー」
「やべ、トムさん…じゃあなノミ蟲、せいぜい安らかに死ね」
結局一度も激怒することなく、静雄はトムと共に町へ繰り出してしまった。後にはひとり、傷心の臨也だけ。
「…今度、なまえちゃんを労ってあげよう」
とある情報屋の誤算
(ん。もう一回)
(ふええええ…!)