水曜日。今日も昼休みに図書室に通う。
読み終わった本を返す、という言い訳じみた理由で向かう図書室への足取りは軽い。
もちろん借りた本は読み終わった。それも3日ほど前に。何故今日返しに行くかと言われれば、少し返答に詰まってしまうのだけれど。

キィっと少し音を立てて図書室のドアが開く。図書室をぐるりと見渡せば、あまり人はいなかった。カウンターの方を見るとやっぱりいつも通りの光景が見えた。

「みょうじ先輩、また片付けサボって・・・・・・。」

カウンターに積み重なる本の山。その中で眠る、図書委員。
・・・・・・・俺の好きな人。

「図書委員が本の片付けをしないでどうするんですか・・・・・・。」

先輩の仕事でしょう・・・。
毎回の如く,俺はこの光景を見ては溜め息をつく。

毎週水曜日。俺の目の前で眠り続ける、この人は図書委員の当番日だ。
水曜日は何故か比較的、図書館利用者が少ない。もしかしたらみょうじ先輩のせいなのかもしれないけど。先輩は図書委員の仕事をしない。少なくとも俺はこの人が仕事をしてるところを見たことがない。カウンターの上には、『本を借りたい人はこの紙に本の名前と番号と年組番号自分の名前を書いてってください』なんて走り書きのメモ。勿論みょうじ先輩の字でかかれたソレ。

・・・・・・たしかに本を借りたいと思ってる人はかなりげんなりするかもしれない。
毎回思うのだけれど、本を返したい人はどうすればいいのだろう。先輩を起こすしかないと俺は思う。他の人はどうしているのだろう。水曜日以外の日に来るのかもしれない。こうやって、本を返すには先輩を起こすしかないのだ、なんて理由をつくりあげて先輩に触れようとする俺はかなり滑稽なのだろう。他の人のように別な日に来て本を返す?ありえない。本を返す、という行為すら言い訳でしかないから。

先輩に会いに来るための理由が必要なんです。先輩のクラスメイトでもないし、友達でもないし、ましてや彼氏でもない。図書館から俺達サッカー部の練習を眺める先輩を好きになってしまった俺には理由が必要なんだ。それすらも、もしかしたら言い訳なのかもしれないけど。俺は、臆病だから。

「みょうじ先輩、起きてください!」

本を返したいんですけど・・・、と言いながらこの人を呼ぶ。まさか呼んだだけで起きるとは今までの経験からして分かりきっている。

「せんぱーい!」

眠りこける先輩の肩を揺り動かす。最初の頃は戸惑いながらやっていたそれも、今では結構遠慮なくやっている。・・・・・・先輩の無防備さには、あの頃から慣れることはないのだけど。本当にこんなに無防備にしていてこの人は大丈夫なのかと思ってしまう。放課後は俺達の練習を見ているから起きているけど、昼休みに起きていることはたぶんない。

む・・・・・・、と眉が顰められて少しずつ瞼があけられる。ようやっと俺の想い人はお目覚めになったようだ。

「立向居くん、おはよう。」
「おはようじゃないですよ。仕事はどうしたんですか、みょうじ先輩。」
「いつも通りだよ?」

よく寝たーなんて言いながら、椅子に座ったまま伸びをする先輩といつも通りの会話。
ところで、用件は何かな?と首をかしげる先輩に、やっぱりいつも通りに言う。

「本を返したいんですけど・・・・・・。」
「はいはい、お安い御用ですよっと。」

立向居勇気、どこだどこだーっとパソコンのキーを叩く先輩。
先輩の口から紡がれる自分の名前に不覚にもドキっとした。たとえ事務的なものだとしても。

「あ、また何か借りてく?」
「はい!何かおすすめとかありますか?」

いつも通りのやり取り。先輩は俺のことをどう思ってるのだろう。毎週水曜日に図書室に来ては、自分を起こしては一冊本を返して、自分のすすめる本を借りて行く、一人の後輩を、どう思っているんだろう。

返却の手続が済んだのか先輩は俺の方を見て、うーんと唸る。これなんて、どうだろう。そういって、そこらにあった積まれた本の山からすっとジェンガのごとく一冊の本を抜きさる。崩れはしないものの大きく揺れる本の塔。本の塔が複数集まって本の山が出来てるから、一個崩れると本の山は全部崩れるという仕組み・・・じゃなくて!

「ちょっ!先輩何やってるんですか!倒れたらどうするんですか!?」
「実際倒れてきていないんだから、いいんじゃない?」
「そういう問題じゃないですよ!」

あぶないじゃないですか!と少し強めに出てみれば、パチクリと目を瞬かせるみょうじ先輩。
てっきり、立向居くんは大人しい子だと思っていたのだけど。そう苦笑して言う先輩をジト目で見る。何を言ってるんだ、この人は。

「ごめん、もうやらないから。それよりこの本なんだけど。」
「それよりって・・・。」
「反省はしてるからね。これでも。」

好きな後輩から怒られたんだ、これから気をつけないわけないよ。
笑いながらさらりと言われた言葉に一瞬固まるも、ああ気に入ってる後輩という意味か。と理解すれば苦笑するしかなかった。みょうじ先輩はこういう人だ。少なくとも邪険に思われているわけではない、とわかったのは良かったけど。

「これって・・・・・・新書ですか?」
「まあね。ああでも新書って言ってもそんなに難しくないよそれ。」

心理学というか、うーんそんな難しいものではないけど。私達が読んでも理解できるそういう奴。題材は恋愛とか異性に対する感情とかについてだから、そこまで取っ付きにくくはないと思うけどね。

そう説明してくれた先輩はどこか早口気味だった。正直驚いた。先輩がこういうものを勧めてくるとは思っていなかったから。今まで、俺に渡してきた本は小説が主だったから。時々エッセイが混じっていたり、新書なんて考えてもみなかった。

「でも、何でみょうじ先輩がこれを?」
「もしかして、立向居くんは恋とか異性とかそういう話は苦手だったりする?」

あくまで心理学だからあまり関係はないと思うけど、と言うその人は僕から顔を背けて窓の外を眺め始めた。

「いえ・・・別にそこはいいんですけど、先輩は」
「なんでこれを勧めるのかって言いたいんでしょ。立向居くん。」

眺めていた窓の外からちらりと目を離して、俺を見つめる先輩。心なしに顔が火照る。

「ここまできても、私の気持ちに気付きもしない君は少し女心というものを勉強した方がいいんじゃないかと思って。」

何のために私がサッカー部の練習を眺めて、仕事を放課後まで溜めてみたり、君が起こしてくれるまで寝たふりかましてみるのか。早く察してくれないかな。

唖然とした俺の元から受け取ったばかりの新書やらが、図書室のフローリングに落ちた瞬間。


とある水曜日の図書室。



理由をつくっていた男の子、ときっかけをつくっていた女の子。

(だったら先輩は男心って奴も知るべきですよ!)
(あーはいはい、わかりました。勉強しておきます。)
(ちょっ、ちょっと!寝ようとしないでくださいよ!)
(・・・・・・。)




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図書委員になりたかった。
(20110611)

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