耳からイヤホンを外せば、海の、波の音が聞こえた。
砂浜に散らばる数多の貝殻が打ち寄せる波に翻弄される様子をひたすら、ただただ見つめてみる。あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
砂浜に座り込んでボーっとしていれば、ふと聞こえてくる私の名前。ずっと、下を、砂浜を眺めていたせいか、顔を上げたら沈む夕陽が妙に眩しい気がした。誰、だなんて考える余地もない。眼前に広がる青に、ひとつのピンクが映える。

「なまえー!」

波にのまれることなく、勢いよく進み続けるサーフボード。笑顔で私を呼ぶ条介。
条介は本当にサーフィン馬鹿だ、とか当たり前のことを思いながら呆れた顔で手をひらひらと軽く振ってやる。あーはいはい、ちゃんと見てるよ。なんて心の中で言いながら。
・・・・・・全くこれだからサーフィン馬鹿は。

外したばかりのイヤホンをまたつけて、買ったばかりの腕時計をふと見れば、かれこれ30分は経ってる。

それもこれも条介がいきなり「うおおっすっげー波がくるぞ!」なんて言って海に飛び出したせい。まったく、久しぶりに幼馴染にあったと思えば、やっぱりサーフィンかよ。

そう、綱海条介は私の幼馴染である。
親同士が親友だったこともあって小さいころから互いの家に遊びに行ったりもしたけど、中学生になってからはだんだんと自然と二人で遊んだりはしなくなったし会わなくもなった。それでもたまに道端で会えば、「よっ!」「あ、条介じゃん。」なんて二言三言交わしていた。逆に言えばそれだけだったのだけど。でも別に気まずくなっていた、とかじゃない。まあ、そういえばこの頃は全然顔見てないな、と思っていたくらいで。

それがつい小一時間ほど前に、大海原中サッカー部のユニフォーム(練習後だったのか汚れていた)を着たこいつが「一緒に帰ろうぜ!なまえ!」なんて言った時には思わず飲んでいたポカリを噴出しそうになった。久しぶりに会った幼馴染が口からポカリを噴出しそうだったのを見て条介はどう思ったのか私は知らない。・・・・・・女子としてこれってどうなんだろう。とりあえず、びっくりしたんだよホント。どんな風の吹き回しだ。

一緒に帰るはずだった友達数人に「もしかしてのもしかして〜?」「なんとなまえにもついに・・・!」だとか散々誤解されたり冷やかされたり、とまあそんなこともあったが久しぶりに一緒に帰ろうと言われて断る理由もない。

「ごめん、今日は条介と帰るわ。」
「わかった!仲良くね!全然気にしないで!むしろ面白げふんげふん」
「・・・・・・ただの幼馴染なんだけど。」
「綱海くんと幼馴染だったの!?」
「え、うん。」
「頑張ってね!明日楽しみにしてる!じゃあねーばいばい!」
「さっさと帰れ。」

にやにやしながら帰っていく我が友人たちはとても気持ち悪かった、とだけ言っておこうと思う。



イヤホンから流れていた音楽が途切れる。
違う、イヤホンが耳から外れたんだ。というか、外されたって言ったほうが正しい。
後ろをみれば私のイヤホンを奪った条助がしゃがんでた。首をかしげると、ピンクの髪から水滴がポタリと砂浜に滲んだ。

「何聞いてたんだよ?」
「別に・・・・・・。もうサーフィンはいいの?満足した?」

私をほったらかしにして。とちょっと恨めしげに言ってみれば、悪い悪い!とニカッと笑うもんだから溜め息をつくしかない。

「アイス奢ってくれたら許すかも。」
「おう!アイスくらい全然奢ってやるよ!」
「まじでか。」

ちょっとした冗談で言ったつもりが、何味がいいんだよ。とまで聞かれて内心びっくりしつつ、バニラ。って小さく答えてみる。ちょっと悪い気もするけど元々は条介が悪いんだしラッキーぐらいに思っておこう。

「条介、はやく用意しなよ。」
「そんなに急かすなって!アイスそんなに早く食いたいのか?」
「うるさい」

だって暑かったんだよ?待ってる間、と言えばちょっとバツの悪そうな顔であーやら、うーやら、言ってるけど日に焼けた条介の背中をぐいぐい押す。上半身裸なんて今更。条介のファンの子だったら赤面ものなのだろうか、とか、くだらないことを考えながら幼馴染の私はぺちんとコイツの背中を軽く叩いてみる。

「いってぇ!何すんだよなまえ!」
「はやく行けってこと!」
「ひでえな!」


ちょっと不満げにこっちを見ながら走っていく条介。何だか、ガキっぽいな、こいつ。よく言えば昔と全然変わってないとも言えるけど。なんだかね。
やっと行ったか、と後姿を見ながら外されてしまったイヤホンをまた耳につけて再生ボタンを押す。少し前に流行ったJ-POPが流れた。
よいしょっと傍らに放りだしていたスクバを持ち上げればああもう何でこんなに重いのか。問題集なんて学校に置いてくればよかったなんて思っても今更すぎる。

「なまえ!」

振り向こうとすると私の頬に突き刺さった条介の人差し指。
お前はガキか。本当に全く。
呆れて無言でそのまま、振り向けば予想よりも条介の顔が近くてビビる。うわあ。ちょっと近すぎますよ綱海さん。心臓が驚いた。

制服に着替えた綱海は笑いながら、待たせたな!と言った。ホントにね、と憎まれ口叩くつもりが何だか口が開かなかった。こくり、と首を縦に振れば、ぐんっと腕を引かれる。そのまま、条介は走り出した。
そこでやっと、私の口は開いた。

「っちょっと!何すんの!」
「なんとなくだよ!なんとなく!」

ハァ!?と叫んでみれば、目の前を駆けていた体が急に止まるもんだから、当然の如く勢いよく私は条介に衝突。何してくれてんの、こいつ。いつのまにかイヤホンも外れてて音楽が漏れてる。ああもう。

「いったいんだけど・・・急に止まるとか何考えてんの・・・。」
「あー、いや。」
「何ですか。お馬鹿な条介くんやい。」

なっ、なんて詰まらせる条介の顔が面白くて少し笑った。お前な・・・、と眉を下げて頭を掻く条介が何だか可愛い。・・・ん?条介がかわいい?・・・何か変なの。

「ちょっと、それ貸してみ。」
「それ?」

ん、と手を差し出す条介に私は首をかしげる。
すると、そのまま肩に掛けていたスクバが奪われた。

「重いんだろ。俺が持ってやるから一緒に走ろうぜ!なっ!」
「また、勝手なこと言って・・・・・・。重いでしょうが、それ。自分の荷物もあんのに・・・。」
「俺のカバンはほとんど何も入ってないから大丈夫だ!」
「馬鹿じゃないの。」

本当にいいの?と聞けばいいの、大丈夫だって!と答えるから少し戸惑いつつ、ありがとって言っておく。おーよ!と上から明るい声が聞こえた。そういや、条介身長伸びたなあ。私より全然でかい。・・・昔と違って。顔つきも声も変わったよね。

ボーっとしてれば、聞こえたヨーイドンッ!の条介の声。

「え?」
「おいてくぞっ!」

そりゃないでしょ!

こっちを振り向いたアイツの顔を見たら、何だか変な気持ちになった。
よくわからないけどふわふわしてて、昔はこんな気持ちになんなかったよなあ、と。


とりあえず今は冷たいアイスが早く食べたいので全速力で条介を追いかけようかな。





まだ気付かない。


まだ気付けない。だって幼馴染だもん、だなんて言い訳?





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ちょっとした実録。
(20110522)

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