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  • 大切なのは諦めないこと 前

如月教授は、変人で有名だった。

講義中は学生が雑談をしていても気にせず、ぼそぼそと聞き取りずらい声で話を続ける。
質問をすると、受け答えはしてくれるが全く表情を変えず、淡々と答える。
まるで感情の無い、機械のような人だと思った。
冷たい印象しか無かった。

教授というのは、自分の好きな事を突き詰めていく人達だから、普段はどうあれ自分の分野の話になると興奮したり、笑ったりとわりと感情を表に出す人が多い。
文系大学の特徴かもしれないが、うちの大学の教授達はそういった人達が多かった。
だから、如月教授は目立っていた。

教授同士での会話も全然弾まず、いつも聞き手ばかりだ。
学生たちも入学した頃は積極的に話しかけていたが、3年生にもなると全くと言っていい程誰も近寄らなかった。

なぜ当初はよく話しかけられていたか、それは教授の外見からだった。

身長180センチ、顔立ちは端正、清潔感に溢れる雰囲気、その全てが女子学生を魅了した。
もちろんあたしもその一人、自分から話しかける勇気は無かったが、教授と廊下ですれ違うたび、視線を追っていた。

もしかしたらあたしも彼の性格についていけず、年月が経っていくと共に淡い期待も薄れ、恋心を抱く事なんて無かったかもしれない。
けど、あたしは見てしまったのだ。
教授の、別の一面を。


「あの、質問があるんですけど」

「…何?」

「あの、えっと…今日の講義、もう今期で終わりなんですか?」

「そうです」

「あたし…その研究がしたくてこの大学に入学したんです!だから…」


できれば続きの講義を始めてほしい、そう言おうと思った瞬間、あたしは教授の表情に見て、目を疑った。

「そんな奴に会ったの、初めてだ」

そう言って、教授は笑ったのだ、見たこともない、満面の笑みで。
幻覚でも見ているのかと思った。自分の目が信じられない程、衝撃的だった。
そして、心臓を鷲掴みされたような感覚に、思わず呼吸をするのも忘れ見入ってしまった。


「単位目的でうける人は多いけど、真剣に研究したい奴は今までいなかった」

「そう、なんですか?」

「嘘つく人はいるけど、あ、…えっと、お名前は?」

「相川です!」

「相川さんは、授業態度が全然違うし」

「…先生の講義を楽しそうに受けてる人もいますよ?」

「でも、その人達は授業について質問してこないから」


確かに、質問をするのはあたしくらいのものだった。
その回答は見事にそっけないもので、いつもびくびくしながら手を挙げていたのだ。


「聞きたい、でも僕の態度が怖い、それでも気になる…って顔してた」

「ば、ばれてましたか…」

「バレバレ」


そしてまたふっと笑う。
嬉しくて、目線を合わせる事が出来なかった。
初めて見る教授の笑顔と心臓の高鳴りに、正直戸惑っていた。


「いつでも教授室に来て?」

「え?でもいつも鍵しまってるって友達が言ってましたよ?」

「ドア越しに名前言ってくれれば開けます、ただし、一人で来ること」

「わ、分かりました!!」


背を向け、何事も無かったように廊下を歩いていく教授の後ろ姿を、あたしは茫然としたまま見つめていた。


恋をしても、いいですか?




聞いても意味のない事。

だってもう手遅れだから。


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