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  • 私に何ができるだろう? 1/2

同じ部署の如月はとても営業向きの人だった。
外見的にもそうだけど、好青年に見える。
話し方も柔らかで、仕事に対しての相談をしても、親身になって聞いてくれる。
とても優しい人だ。

そんな彼は法人向けに飛び込み営業をしている。
飛び込み営業は、最初の時点で直球に断られる事が多い仕事だが、
彼の場合、「話だけでも聞いてみよう」と思える程の会話のテクニックと
それを通せるビジュアルがあり、会社でもそれなりの評価を得ていた。

あたしは彼に憧れている一人だった。
ううん、きっとあたしだけじゃない、一度彼と話すと
「もっと話したい」「独り占めしたい」という欲求にかられる。
ライバルは社内に沢山いた。
でも、見ているだけでも充分だった。
それ程彼を好きになっていた。

ある日、彼は相手先の社長からものすごい勢いで抗議を受けた。
周りの社員は皆驚いた。
彼がそんなに怒らせるような事をするとは思えなかったからだ。
上司と彼の会話を、たぶんあたし一人ではなく、全員が聞き耳を立てていただろう。

「申し訳ありません、どうしても…」
「まぁ、今時それはないよな、お前が気にする事じゃない」
「ご迷惑をおかけします」
「いや、構わないよ、俺からもきちんと謝罪しておくから」

そんな会話が聞こえてきた。
聞いている限り、彼に責任はないように思える。
一体、何が起きたというんだろう。
気になって仕方なかったが、あまりにも彼が落ち込んでいた為
社内の誰一人それを問いただす人はいなかった。
もちろんあたしも、影で見守る事しか出来なかった。

それから1週間経った。
昼休み、唯一の喫煙所である屋上に向かうと、たまたま彼の姿しかなかった。
初めての事だった、社内禁煙をうたっているビルの為、屋上は喫煙者が大勢集まる場所だからだ。
高鳴る心臓を落ち着かせるため、一度ゆっくり深呼吸をしてから、ゆっくりと彼の所に近づいていった。

「隣、いい?」

彼は屋上の柵ごしに見える、大宮駅周辺の景色をぼーっと眺めていた。
声をかけると、一瞬目を見開いて驚いたが、すぐにいつもの柔らかい笑顔を向けてくれた。

「どうぞ?」

そしてあたしも彼の横に並び、タバコケースから1本取り出し、ライターの火をつけようとした。
だが、その日は風が強く、上手く火が出ず、カチカチという音だけしかしなかった。
その姿を見て、彼が素早く自分のジッポの火をつけて、近づけてくれた。

「ありがとう」

お礼を言い、タバコに火をつける。
そして彼はまた柵ごしに景色を見つめていた。
あたしも同じように眺める。

いつもと同じ風景。
さいたま市の中でそこそこ栄えている大宮は、新幹線も走っている事から
色んな人が行き来する町だ。
カップル、若者、スーツ姿の人、大きなスーツケースを引いて急ぎ足で歩いている人。
沢山の人が小さくそこには写っていた。

「色んな人がいるんだよな」
「え?」

突然彼が呟いた。

「そうだね、色んな人がいるから、自分の世界が一番ではないって事を思い知らされるよね」

そう答えると、じっとあたしの顔を見つめだした。
ドキドキした、こんな風に見つめられるのは初めての事だった。



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