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そばにいるだけで、触れ合うだけで心が通じ合えるなんて幻想を、一体いつから抱いてしまったのだろうか。
分かり合える訳なんて無かった。
ただ、分かったふりをしていたかっただけだ。
そうしないと自分が保てなくなるから。

「別れようか。」

話があると呼び出されて行った喫茶店で唐突に告げられた。
賑わうこの場所で、私の周りだけ静まり返ったような感覚がした。
その言葉が、まるで頭の中を突き抜けるかのように痛みを感じる。

聞き間違う事も出来なかった。
「何か言った?」と聞き返した所で返事は変わらないとわかっていても、軽く笑って誤魔化せれば良かったのに、と思わずにはいられない。

この人はなんて残酷な人なんだろう、と今更思い知った。
まさか、告白を受けた同じ場所で別れを告げられるなんて、なんて組み合わせ。
きっと何も考えてない。
会社から近かったから、たぶんそれだけ。
そう思うと更に情けなくなった。数年前、あんなにも喜びで満ち足りた場所が、近かったという理由だけで決められたのかと思うと、自分自身すら適当に選ばれたような気がした。

きっと、それもあるかもしれない。

「好きな人でも、出来た…?」
動揺した姿なんて見せたくなかった。唯一の意地だ。
カフェラテの入ったカップを口に近づけ、そっと言葉にする。
「出来た。結婚を考えてる。」煙草を口に含んで目を反らす彼の目線の先には、笑顔で会話をしている男女だった。
「そう…。」
ゆっくりとカップをテーブルに戻す。

(私の時には、結婚なんて言葉一度も出てこなかったのにね。)
嫌味のひとつでも言ってやれば良かったと思ったが、出かかった言葉をぐっと飲み込んでしまうのは年を重ねてしまったからなのかもしれない。
別れのひとつで泣きわめいたり、非難したり、そんな姿みせたくなかった。
いつからそれが大人だと決めつけてしまったんだろう。

こんな時ドラマだったら、財布からお金を取り出してテーブルにたたきつけてから店を出ていくのだろうか。
事前会計のカフェで出来るのは、せいぜい飲み切る前にこの場から離れる事だ。

「じゃ、いくね。」
「あぁ。」

5年付き合ったにしては、あっさりしすぎているかもしれない。
それでも、もう自分から何かを言葉にするのは無理だった。


「ありがとうございました!」
感情とは真逆の明るい店員の声が後ろを押した。
彼に合わせていつも喫煙席だった。
外に設置された席に座って、寒さに耐えるのが習慣だった。
それももう、必要がない。

マフラーを口まで覆い、寒さを凌いでいるふりをして崩れかける表情を隠した。
こんな街中で泣いてやるもんか、ただそれだけだった。

家の中で沢山泣こう。
これからの事とか、気持ちの整理とか、そんな事考えられる余裕なんて持ち合わせていない。
泣いて、ひたすら泣いて、それから考えよう。

そう思っていたのに。


「あ、おかえり。」

何で誰もいないはずのこの部屋に、たった今別れたばかりの男の弟がいるんだろう。


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