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- 土曜日、手帳を眺める私 3/3
業務用の笑顔を作り、彼に向かってやっとあたしから話しかけた。
「それじゃ、まず会場確保ですね?」
「そうだな…とりあえず式場の近くで、良さそうな店をいくつかピックアップして…」
「下見も沢山した方がいいですね」
「うん、ちゃんと雰囲気とかも見ておかないとね、敬語なしね」
「あ、ご、ごめん、じゃ、来週までにお互い調べてまた打ち合わせする?」
「そうだね、そうしよう」
「日にちは…いつにしよう、あたしは土日祝日休みで、平日は定時が18時」
「俺も休みは一緒、平日はいつ帰れるかはっきりしないから…来週の日曜日にしようか?」
「分かった」
そういって、手帳を取り出し、来週の日曜日欄に「13:00打ち合わせ」と記入する。
よし、うまく行った。そうよ、こうやって落ち着いて話せばなんてことないじゃない。
妙な自信がわいて、笑顔で手帳をかばんにしまい、テーブルに置かれていたカフェラテを口にした。
「休みの日に会えるのは、嬉しいな」
「………へ?」
突然の如月さんの呟きに、思考が一瞬止まってしまった。
いま、なんと?
「あ、ごめん、今のなしで」
なしって、ばっちり聞こえてしまったのになしとはなんと!
どうすればよろしいのか!
「あー、うん、ごめん、黙ってても仕方ないし、白状すると…」
少し照れくさそうな笑顔を向けて、コーヒーを一口飲んでから如月さんはまた呟いた。
「俺相川さんと組みたくて、あいつに頼んだんだ」
そう言った時の如月さんの表情が、まるで子供のような屈託のない笑顔で、目がくらんでしまった…
「ほう、それはそれはおめでとう」
「何がおめでとうなのよ」
友人が軽く手拍子をして喜んでいた。
いや、そこ喜ぶところ?あたしはあの後もう何が何だか分からなくて、しかも何て言ったらいいのか分からなくて、なかば意識不明の状態で家まで帰ったんですよ。
帰った後も化粧落とすのも忘れて呆然としていたのですよ。
「ま、だからってお互い大人なんだから、なるようになるさ」
そんな意味深な言葉を残して友人は帰っていった。
もちろん、あたしを指名したのは、友人と一番仲がいいと聞いていたから。
そして、一度でも見た事があるから。
ただそれだけの理由かもしれない。
なのに、あの時呟いた如月さんの笑顔が頭から離れない。
むしろあたしの脳内を侵食していく。
ふと気がつくと彼の笑顔を思い出す自分がいる。
これが恋なのか、ひとめぼれでもしたのか。
それは自分でも分からない。
だって、恋なんて何年振り?人を好きになる感覚なんてすっかり忘れてしまっている。
昔の恋を思い出したって、楽しかったと思う感情は抜け落ちてる。
どうしたら他人を好きになれるのか?なんてもう分からなくなるほど年月が経ってしまった。
でも、一つだけ言えるのは…
土曜日、手帳を眺めるあたし
「日曜 13:00 打ち合わせ」
何年かぶりに仕事以外の予定が書かれた手帳を何度も見返してる
胸がくすぐったい気持ちになっているって事だけ。
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