肌に触れる風がさわやかに感じられるようになった季節のことだったと思う。
テスト期間中で放課後の部活動の時間を制限されていたために、帰り道はまだ暗闇に覆いつくされてはいなかった。
 卒業して半年しか経っていないはずなのに、既に懐かしく感じる中学の制服を着た茉莉花と、曲がり角で鉢合った。

「あ、鉄くんだ、高校生だ」
「はいはい、高校生の鉄くんですヨー」

 小学生と中学生、中学生と高校生、たった一年でも、境目にあるとその差はやけに大きく感じる。
 茉莉花には茉莉花の世界があって、毎日があって、その場に自分はもういない生活が何ヶ月も続いているというのに、彼女が何も動じていない様子であることを目の当たりにして、どこか見捨てられたような思いが浮かび上がってきてしまった。
 何を大袈裟に、とひっそり心のうちで自嘲してみるが、それは隠しようも無い寂しさなのだった。
 そのことに気付く様子も無い茉莉花は、にこにこと屈託の無い笑顔でこちらを見上げている。

「あのね、わたしも音駒高校目指すことにしたの」
「へえー、なるほどねえ」
「なに?」
「いやあ、俺を追いかけてくるなんて、さては茉莉花、お前俺に惚れてるな?」
「ううん。だって家から近いし、進学校だから」
「……ソウデスカ」

 そんなふうに無邪気に笑っている茉莉花と、ずっと同じような距離感を保ったままいるのだと思っていた。
 バレー部に誘ったのは、単純にサポートしてくれる人手が欲しかったことで、バレーの知識がありなおかつ頼み易い間柄であった茉莉花に声を掛けるのは自然なことのように思ったが、その判断は間違っていたのだと、最近は思い始めている。
 茉莉花の想いに中てられたのだと、そう理由付けしてしまえば、事態はもっと楽観的に打破できるはずだった。
 ひとつ上の先輩と付き合ったとき、茉莉花はまだ可愛い妹のような存在の枠を外れることがなかった。
 部活が中心の生活で、彼女が不満を抱かないはずはなかったが、それを繋ぎとめる努力を惜しまない、と思えるほどの気持ちがどうやら自分にはなかった。 
 自分は冷淡な人間なのだと思った。そのほうが生き易いとも思った。醜い感情に捉われすぎてしまうことは、すこし怖くもあったからだ。

「茉莉花、新しいボールいくつか買ってもらえることになったから、監督が劣化がひどいやつ何個か選んどいてくれってよ」
「あ、ハイ。表面が擦り切れてるのが3つあって、他のもいくつか劣化がひどかったのでカゴから出しておいたんですけど。念のためキャプテンの目でも確認してもらいたいです」
「おー、仕事がはえーな。えらいえらい」

 気軽な様子で頭を撫でただけだった。茉莉花の様子が以前と違うことは明らかで、それについて触れてはいけないのだと理性が働く余裕もあった。
 いつ変化が訪れたのか、明確な線引きは出来ないが、まだ熱気の籠もる体育館、合同練習、茉莉花に向けられる熱のある視線の数をひとつ、ふたつ、と数えてやめた。
 引き摺られる黒い感情は、泥沼に嵌ってしまったかのように身体を重たくさせてしまう。
 気軽なふりをして触れるたびに、茉莉花のほうへ引っ張られていく。
自分を騙すことは容易ではなかった。認めてしまえば楽になれるのか、葛藤が増えるだけなのか、判断しかねて、中途半端な場所にずっと佇んでいる。

「え、連絡してないの?」
「してない。だってそういう意味じゃなかった、と思う」
「連絡して欲しいから、連絡先教えてくれたんじゃないの?」
「梟谷と音駒のバレー部での業務連絡で必要だったのかも」
「あ、そう。じゃあ、そうかもね」
「研ちゃん、投げやり」
「だってもうメンドクサイ」

 水飲み場での話し声を耳に捉えて、立ち止まる。研磨の目立つプリン頭の横には、たいてい茉莉花がいる。目立つことを避けたがっているのは茉莉花も研磨と一緒だが、金髪の研磨と一緒にいるために、隅にいてもすぐにわかってしまうことには気づいていないようだ。

「オーイ、休憩終わるぞー」

 何も聞いていない素振りで声を掛けると、茉莉花は焦ったように上着のポケットに紙切れを隠した。
 研磨には話すことを、俺には秘密にしていることが、たぶん俺が気づいているよりもたくさんある。今に始まったことでもないし、気にしてもしょうがないと言い聞かせても、時折靄がかかったように頭が重たくなる。





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