「凛ちゃん」
 声に出すと背筋をぴんと伸ばしまっすぐ前を見ていた凛ちゃんはわたしを見た。
彼が見つめる先の海はたくさんの光を浴びて波間に深い色を残し、表面を白くきらきら輝かせていた。
深紅の落ちついた赤を纏う彼は海の青さによく映えるのだと思った。
 決して霞まない彼の存在感はどうしようもなく人を惹きつけて眩しい。

 屋根とベンチがふたつだけ並ぶ駅のホームはわたしたち以外にいない。
スペースを開けてベンチに座る凛ちゃんは目だけで「お前も座れよ」と合図する。
凛ちゃんとの間にカバンひとつぶんほどの距離を取ってベンチに座ると、微かに潮の香りがする風が頬を撫でた。
 彼の隣にいるとわたしも自然と背筋が伸びる。自信のないわたしが彼の光のお零れでちょっとだけ輝ける感覚。
「るみか」
 その響きはあまりに甘美でわざと聞こえないふりをする。もう一度呼んでほしくて。
でも彼はそんなに甘くはなくて、頭を片手で掴まれて「聞こえてんだろ」とわたしを叱る。距離はいつの間にか詰められていた。
 目の奥に秘めた欲をちらつかせて、触れてくるのにまだ慣れない。
予感が鼓動を速める。喉の奥があつくなった。
「るみか」
 やっぱり甘い。突き放しきれないのは凛ちゃんのわるいところなんだと思う。わたしは欲しくなった。
気付かれるのはこわくて、慌てて顔を逸らすと後頭部に優しく手のひらが添えられてまた凛ちゃんの方へ顔が向く。気付いたときには唇が合わさっていた。
「ん……んっ」
「じっとしてろって」
 夏のせいにはできない。太陽はもう澄ました顔をして、秋を受け入れ始めていた。
 
 身体の力を抜くと、背中越しに凛ちゃんがふうと息を吐くのが聞こえる。シーツの皺が波をつくっている。
 男の人の身体は重たい。けれどこんなにも温かくて、安心して、泣きたくなるぐらい愛おしい。
わたしの身体の奥に自分以外の脈の鼓動を感じる。
 邪魔な前髪を彼の長い指が後ろから払う。
「もうバテてんのかよ」
 優しく笑う。泣きそうだった。
この隙間にずっと埋もれていたい。もっと乱暴にしてくれてもよかった。
爪痕を残して、どうかひどくして。−−だけどそれは叶わなかった。

「るみか、水飲むか?」
 平気な顔して立ち上がってペットボトルの水を飲んでいる凛ちゃんを、ベッドから起き上がれずにぼんやり見ていた。
うつ伏せだった身体を回転させて、外を見るとカーテンの隙間から透明感を失った濃い日の光が零れている。夕暮れが近い。
 ぎしり、スプリングの軋む音。影が降ってきて、凛ちゃんのやわい唇からとっぷりと水分が注ぎ込まれる。
突然で飲みきれずにすこし零してしまった。
「あーあ、何やってんだよ」
 零れた水を親指の腹で拭ってくれる彼の表情は穏やかだった。笑っている。
わたしは、凛ちゃんが笑っているとこの上なくしあわせなんだってもう知っているのかもしれなかった。
 視界がぼやける。さっきの水分は寝転んでいるせいで、目の中に溜まってしまったんだと思う。
「帰ってくるから」
「……うん」
「もう泣くな」
 短い言葉を交わして、熱を覚えている。とても感覚的にわたしたちはふたりでいた。
最後の夏服はくたびれていた。三回目の夏。空はいつも重量感のある入道雲を連れて、焦がれそうなほどに照っていた。



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