水族館を歩いていると、ひんやりとした空気の流れを強く感じて海の底にいるようだった。

 カーペットのような柔らかい足元の感触にふわふわ揺れながら、小さくて鮮やかな色を纏った魚たちが群れてぐんぐん上にのぼっていくのを見ていたらいつのまにか天井が水に囲まれていた。
水中トンネルになっている通路はどこを見たらいいのかわからない。
エイがひらひら飛ぶように泳いでいるのに見惚れていたら、サメが突然視界に現れて強そうな瞳で走り抜ける様に去って行った。

「るみか!きょろきょろしてたらみんなとはぐれるよ」

 手首を優しく掴まれてやっと前を向いた身体はまこちゃんの焦ったような顔を捉えた。

「まこちゃん」
「迷子になったらどうするの」

 わたしの手を引いて前を歩いて行くまこちゃんに進行方向を任せて、わたしは懲りずにエイを追いかけていた。
ちいさなこどもになったようだ。

 さっきまでひんやりしていたはずなのに、掴まれている手首から熱が広がるようで体温が上昇していく。
水槽ばかりに向いていた視線をふとまっすぐ繋がれた先へ。
そうするとまこちゃんの広い背中が見える。
あったかそうで、すべてを委ねてしまえるほどの安心感に溢れている背中。
抱きついてしまいたくなった。

「見て、るみか。ちいさいカニがいるよ」

 急に振り向かれて心の中を知られたような気分になって、顔に身体からの熱ぜんぶが集まってしまうほど熱くなる。

「ほ、ほんとだ。かわいいね」
「うん。ハルたち先行っちゃったけど、ちょっと見ていこうか」

 うれしくなって頷くと、まこちゃんが優しく笑う。
さっきとは色の違うふわふわした感覚は、熱に浮かされている。

「ほら、並んでるみたいに歩いてく」
「親子かな」
「夫婦かも」

 まこちゃんがすこしかがんで指を差す。
手は相変わらず掴まれたままで、離すことをまこちゃんがきれいさっぱり忘れてしまえばいいのに。そう思った途端に、簡単に手は外れてすとんと自分の力しか加わっていないいつもの重みに戻る。

 海の底。さっきよりも呼吸がしづらくなった。
まこちゃんに手を引かれていたとき、わたしは水中から顔を出して太陽の光を浴びているような熱を覚えていた。

「そろそろ行く?」

 なんでもないって顔をして、「うん」と顔を上げれば背筋の伸びたまこちゃんと距離がまた開く。
カニたちは繋がれることのないハサミを揺らして相変わらず並んでいた。

「るみか、行くよ?」

 そのときわたしは――手首ではなく手のひらにじんわり広がる熱を感じたそのときに、心臓の奥に触れられたような痺れに襲われ、どうしようもなくこの人に惹かれているのだと知った。



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