雨の音が夜の隙間を埋め尽くすように響いている。コンクリートに染み渡った黒は闇を更に深いものにしてしまった。
バッグの中には折り畳み傘が間違いなく入っていて、それを忘れたふりができるほど上手な甘え方を覚えずに来年わたしは二十歳を迎える。

「るみか、そろそろ帰るけど」
「うん、わたしも帰る」

 湿気を含んだ風は思いのほかぬるくて、傘の柄を掴む手を震えさせなどしなかった。
駅までの道は、コンビニやファストフード店、雑貨屋、本屋、ケーキ屋、と並び、店内から明るい光が零れていて決して寂しい通りではないはずなのに、日和くんの少し後ろを歩いて見える景色は寂しげに映って見える。
傘に隠れてしまった明るい髪色と、意外とがっしりしている肩幅と、本を捲ることに長けた細い指を備えた左手。それらの視界からの欠損はわたしの光を少し奪った。

「日和くん」

 けれども声は雨の音に消されてしまった。彼は振り向かずに、足を止めることもない。小さな水溜りを歩幅を広くして越えると、わたしは足を止めてしまった。深い森の色をした傘はどんどん遠ざかっていく。
 振り返れ、振り返れ、と心の中で念じて視線を飛ばしてみるけれど、距離は広がるばかりだった。我慢できなくなって後を追うと、雨足がすこし弱くなって、まるで彼の背中に追いつく道を後押ししてくれたように思えた。

「なにもたもたしてたの?」
「え?」

 やっと追いついて、またすこし後ろを歩いていると日和くんは歩調を緩めてわたしの隣に並んだ。雨で聞こえないふりをするには、もう音が優しすぎて難しかった。眼鏡の奥の瞳は、ちゃんとした答えを返さないと許さないと言いたげに、柔らかくカーブしている。日和くんは胡散臭い笑顔を浮かべたときがいちばんこわい。

「ちょっと気になる雑貨屋さんを見つけて」
「寄りたいなら声掛けてくれればよかったのに。戻る?」
「ううん、いい。また今度にする」
「そう。でも、僕を試すようなことするのはもうやめてね」
「…………はい」

 傘を叩いていた雨はいつの間にか止んでいた。それでも雨のにおいはまだ鮮明に残っていて、気配は消えない。



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