オレンジが空に溶けていくみたいに穏やかな色に染まる放課後の教室。
窓をときおり叩く風は厳しくて夜はあっさり降ってくる。
鞄を取りに戻るとひとり残っている宮地くんが雑誌をぺらぺらと捲っていた。なにか高尚な書物でも読み耽っているようにとても絵になる横顔はいつもずるい。明るい髪色が日に透けてやたらと綺麗だった。
なぜか教室に足を踏み入れられなくて立っていたら宮地くんが顔を上げてわたしを見た。
「おっせーよ、さみいのにいつまで待たせんだよ」
「あ、れ?一緒に帰る約束してたんだっけ……?」
「……や、べつにしてねえけど。いいだろ!別に待ってたって」
「う、うん、ありがと」
気が小さくて言いたいことも上手く言えないわたしは宮地くんに「お前、オレと付き合えよ」とまるで脅すように言われたときは怯えてしまうだけだった。
周りの友達にも、あいつは顔だけ、断ったほうが身のため、と反対されて断るつもりでいたはずなのに、ずるずると曖昧な関係が続いている。
「え、と。あの……」
「あ?なんだよ、今日から昼飯一緒に食おうぜ」
「え?う、うん」
付き合え、というのはもう決定事項という意味だったらしくて、わたしは返事すらできていない。
斜め後ろからの宮地くんの背中はいつの間にか見慣れたものになっていた。
ちょっと癖のある柔らかそうな髪がふわふわ揺れているのを見ると勝手になごんでいるのだけれど、それを本人には口がさけても言えない。
正門を過ぎてしばらく歩くと人の通りの少ない住宅街に抜ける。夏場は鮮やかな緑の木々が何本もどっしり立っていてちょうどいい日陰をつくってくれる遊歩道も、冬場は寂しいものだった。
「ん」
この近くになると差し出される手はいつもわたしを待っているだけで、拒もうとすれば拒めたのかもしれないけれど、断るのが怖いからと最初のうちは付けていた理由もどこかに消えてしまって今では自然に繋いでしまう。
ぐいっと引かれて距離が縮まるとびゅうびゅう吹いていた冷たい風がやわらぐ。宮地くんのそばにいるからだった。
うれしくなってもっと近づきたくなるのをいつもは堪えるのに寂しい冬のせいだって言い訳して、宮地くんの腕に繋いでいないほうの手をちょっとだけ絡めると、
「んだよ、歩きづれえ」
「ご、ごめん……なさい」
拒まれてしまった。あわてて離れると咄嗟に繋いでいた手も離してしまう。
拒否されて泣きたくなるのは宮地くんのことを好きになってしまったんだと気付かされて余計に苦しい。
「……あー、わり」
「う、ううん……」
「さっきの嘘だよ、ちょっと……照れた」
それでも顔が上げられない。浮かれてしまったことにひどく後悔している。
本当は確信なんてどこにもなくて、好きなんて言葉はひとつももらえていないし、それどころか褒め言葉すらもらったことなんてない。
からかわれているだけかもしれない、といつもある不安はときどき顔を覗かせて宮地くんと一緒にいるのが辛くなる。
「ほら、顔あげろって」
立ち止まってしまったわたしの目の前に宮地くんの大きな靴が映る。
顔を上げることのできないわたしにきっと呆れている。このままいっそ放っておいてほしい、と一瞬過った思いはそれでも本心じゃないってわかっている。
我慢できずにじわり、視界がぼやけてきてしまう。
「な、なんだよ、泣くことねーだろ」
「ご、ごめんなさっ」
「いや、怒ってねえけど」
重たい沈黙。広がるたびに言葉を出すのが難しくなる。口を開けば声は出せるはずなのに、どんどん容易にできなくなっていく。
「おう、宮地じゃん」
突然の明るい声に流れていた沈黙が簡単に突き破られる。確か宮地くんと同じバスケ部の……。
「木村」
「あれ?なに、もしかして彼女?」
「……あー、まあ」
「ああ、宮地のクラスの子じゃん。お前がいつも可愛いって言ってた」
「おい、木村!余計なことを……」
「結局付き合ってんだな!イケメンはやっぱり得だよなぁ」
「うるせえ!お前もうさっさと帰れ」
「はいはい、じゃーな。宮地の彼女さん、素直じゃなくて手も掛かるだろうけど宮地のことよろしくな」
「は、はあ」
「はあ、じゃねえよ!お前もそう思ってんだな」
木村くんが見えなくなると今度は強引に手を繋がれる。
「おら、帰んぞ」
「う、うん」
今まであった遠慮みたいなものが急に取っ払われてしまったように距離が近く感じる。宮地くんの隣にいていいんだという安心が心の真ん中に住まうとぽかぽか温かくなって心地よい。
繋いでいないほうの左手を引かれて宮地くんの腕に着地すると、ふと彼を見てしまう。
拗ねたような表情で蒸気した頬が映り、影を落とす。
おずおずと左手を腕に絡ませるとぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
こんなに気安く触れたのも触れられたのも初めてだった。