花曇りの午後。まぼろしのように光が差し込む。
 目に見えないまばゆい光を浴びて、高揚していく表情から、目が離せなかった。
 どよめく歓声。駆け抜ける小さな背中。
その先にある未来を、輝かしい栄光を、夢見させてくれるその瞬間が今でも忘れることが出来ない。

 ピンクのギンガムチェックのスカートに、ばしゃんと水が跳ねた。スカートはるみかが4歳の誕生日に買ってもらったお気に入りものだった。
 水道の前、るみかの隣で手を洗っていた良介が水をかけたからだ。そうやって「おもらししたー」と大騒ぎすると、同じ組の子供たちが集まり始め、男の子たちはるみかを囲んでけらけら笑った。ちがうちがう、と涙声で否定するるみかの声は小さ過ぎて、笑い声に掻き消されてしまった。

*****
「るみかちゃんに会いたいって言ってるひとがいてね」
「わたしに?」
「うん。同じサッカー部なんだけど、とってもいいひとだからどうかなって思って」

 さなぎちゃんの言うことは信じている。けれど、幼稚園、小学校、中学校と男子に散々な目に遭わされてきた過去が過って、またからかわれて痛い目を見るのかもしれないと疑心暗鬼になり、一歩を踏み出すことに躊躇してしまう。

「うーん……」
「あんまり気が乗らない?」
「……ごめんね、せっかくだけど」
「そっか、わかった」

 電話を切って、ベッドに倒れこむと、もったいないことしたかも、とすこし後悔した。
 翌日、同じぐらいの時間に着信があって、画面を見るとさなぎちゃんからだった。

「ごめんね、どおおおおしてもって言ってるんだけど」
「そんなに彼女が欲しいんだ?」
「チガウチガウ。るみかちゃんをどうしても紹介して欲しいんだって」
「わたしを?」
「応援席にいるの何度か見かけて、気になってたんだって」

 待ち合わせの駅で待っていると、さなぎちゃんと、もうひとり背の高くてがっしりした男の子がこちらへ向かって歩いてきた。
 途端に身体に緊張が走り、コンクリートの地面がふわふわと揺れたように、足元が覚束なくなる。さなぎちゃんと目を合わせることはあっても、その男の子はわたしのほうへ視線を向けてはくれなかった。

 3人で入ったファストフード店で、さなぎちゃんの横に座るわたしと、向かいに座る高木くんは、ふたりとも彼女が間に入らないと会話が出来ず、それほど広い席ではないせいで、余計に身体が大きく見える彼は、わたしにはひどく遠いひとに思えた。
 ふいに、さなぎちゃんがお手洗いにと席を外してしまうと、途端に訪れる気まずさに耐え兼ね、何か話しかけようと彼を見ても、頑なにこちらに視線を向けようとせず、押し黙っている。
そんな彼から、わたしへの好意など欠片も感じられずに、実際に会ってみたら気持ちがなくなってしまったのかもしれないし、もしかしたら人違いだったのかも、と勝手に納得すると気が楽になった。
 こちらに戻ってくるさなぎちゃんの姿を見つけてホッと息を吐くのとほぼ同時だったと思う。「あのッ……!」と高木くんが初めてわたしに言葉を掛けて、初めて視線が合ったのは。
声は二階のフロア全体に響き渡るほど大きかった。まっすぐな瞳は、どこか優しげで温かく、さっきまでの気まずさは立ち消えていた。
視界の端で、さなぎちゃんが慌てた様子で来た道を引き返していくのを捉える。
 あの、……の後に続く言葉がなかなか紡がれずに、それでも待ったのは数秒だったかもしれない。わたしはそのほんの僅かな時間ですでに彼に少なからず好意を抱いていて、「連絡先教えてください」とさっきとは比べものにならないほど小さな声で紡いだ彼の言葉に素直に従っていた。

「マルコくん、とってもいいひとだったでしょ?」
「うん、いいひとだった」
「小さい子にね、ファンが多いんだよ」

 さなぎちゃんと曲がり角で別れて、コンビニの前を通ると、自動ドアを通り抜けてきた目立つ知り合いの顔を見つけた。
わたしに気付いても、彼は目も合わせずにさっさと歩いて行ってしまった。家が近所で帰り道が一緒であることが気まずくて、買う物も特に思いつかないまま目の前のコンビニに入り、時間をずらすことにした
 期間限定のチョコレートと、レモンのグミと、温かいミルクティーの小さなペットボトルを買って外に出ると、彼はコンビニの前でだるそうに立ち、スマートフォンを操作していた。

「帰らないの?」
「……帰る」

 歩幅の合わないわたしたちは一緒に歩いているようには見えない。だんだん距離が開いていっても、ときどき良介くんは立ち止まって手元の画面を見ているから、追いついてしまう。彼の背は中学を卒業したときから、それほど変わっていない。そっけない態度も、つっけんどんな物言いも、わたしの前でまったく笑顔を見せないことも、何も変わらない。

「歩きスマホは危ないよ」
「止まってんじゃねーか」
「……それはそうだけど」

 バッグの中に入っている手紙たちはいつも重たくて、ずっと気がかりだった。赤いドットのクリップで留めてあったその束を良介くんの目の前に突き出すと、彼は怪訝そうな顔をして「いらね」と言った。

「受け取ってもらわないと困る」
「やだよ。めんどくせえ」

 良介くんのスポーツバッグの外側のポケットに無理やり手紙を突っ込むと、彼はわたしを睨んで深くため息を吐いた。

「お前、マルコと付き合うわけ?」
「急に何のはなし?」
「とぼけんなよ。今日会ってたんだろ?」
「良介くんには関係ない」
「関係ねえけど、マルコのメンタル崩すようなことすんなよ。サッカー部にとってあいつは必要なんだよ」

 中学を卒業して、さなぎちゃんたちと違う高校に進学した。彼女とは今でも頻繁に連絡を取り合って、予定が合えば一緒に遊んだりもする。けれど、いつの間にかわたしは幼馴染の輪の中からははみ出していたのだと、はっきり告げられたようで胸が痛い。
 サッカー部が大切で、わたしは邪魔者で、人と人の関係性なんて、血の繋がりがない限り変わってしまうものだけれど、どうしようもなく寂しい気持ちが襲ってきて立ち尽くす。
 バッグの中でスマートフォンが振動している。良介くんに背を向け、反対の方向へと歩き出しながら画面を見て着信に応じると、まだ耳に馴染まない声が響く。

「あの、高木ですけど」
「はい。さっきは、えっと、ありがとうございました」
「いや、こっちこそ…………」

 不自然な沈黙は会話が途切れたというより戸惑っている様子で、思わず釣られて黙っていると、「泣いてるのか?」と予想外な言葉を投げかけられて、泣くつもりなんてなかったはずなのに、勝手に声が詰まってしまった。



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