「るみか?」
「あ、まこちゃんだ」
 声を掛けるのを躊躇った。
駅のホームで佇む姿は昔の影を作り出さずに、伸びる白い足に一瞬でも目を奪われたことに自分自身とまどう。
「夏休みなのに制服?」
「予備校の夏期講習だったの。私服だと考えるのめんどうだからってけっこうみんな制服で来てるよ」
 隣に並ぶとずいぶん小さい。
小学生のときはもっと肌も黒かったように思うのに、いつの間にこんなに白くなったんだろう。
頬に影を落とす睫毛が黒く濡れて、膨らむ唇と胸が誘っているように錯覚を引き起こさせるからもうるみかの方をまともに見ることができそうにない。
 気付くと零れていきそうなため息を意識して抑え込むと、心配そうに覗きこまれて距離が近くなる。
「まこちゃん、具合悪いの?」
 ふわっと香る甘い毒。るみかに似合う香りだと思った。
「ごめん、なんでもないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
 華奢な肩を引き寄せて抱きしめてしまいたい、なんて考えていることを知られたらるみかはどんな顔をするんだろう、と浮かぶのは困惑した表情だけだったから生温い風が吹き抜けていくタイミングに紛れて小さく距離をとった。

 ホームにゆっくり姿を現した電車は夕方の時間帯だというのにだいぶ空いていた。
がらんとした車内にるみかと並んで座る。
対面の座席も空いていたけど横並びのほうが表情をごまかしやすい気がしてドア付近の席を選んだ。けれど、二人掛けの席はいつもハルと座るよりも幅に余裕はできたはずなのに、よっぽど近い気がした。

 勝手に火照る身体をエアコンの涼しい風が冷やしていく。
手の中でじんわり膨らむ水分が乾いていって、自分の足元ばかりにあった目線がようやく上を向く。

 るみかは同じように足元を見ていた。
暗くなる外の風景ととも電車の窓に自分たちが映りこむ。
子供じゃないけど、大人とも言い切れない。完成されていく身体の作りと思うように育たない心。当たり前のように享受できていたオレたちの関係は姿を変えたわけでもないのに、しっくりこない。どこかアンバランスで片足で立っているように。
 吐き出すことのできないため息に似た感情が受け入れてもらえる場所を求めて彷徨う。
「まこちゃん、あめあげる」
 女の子はよく毎日バッグの中にお菓子を詰め込んでいるものだと感心する。
それでいて太らないのが不思議でならない。
「ありがと」
 手のひらに触れた指は華奢で細い。受け取ろうとしたあめは触れる前にさっと引かれてしまう。
「るみか……」
「あーあ、まこちゃん残念。ちゃんと掴まないとだめだよ?」
 子供みたいないたずらを仕掛けてくる瞳は昔と変わらない。
 もう一度下りてくるあめが手のひらに着地しても動かずにいたら、るみかは焦れたように女の子らしい指先からそっとあめを離す。
咄嗟にその指先をきゅっと掴むとるみかは弾かれたように顔をあげた。
 夕方はもう顔を隠していた。



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