沈黙が重たい。何か話題を振らないと、と焦れば焦るほど話題が出てこない。沈黙している時間が長くなるとますます口を開くことが難しくなる。
隣で花守さんも困ったように俯いていることが視界の端に映っているけれど、顔を向ける勇気はない。
どんよりとした灰色の雲の下、歩幅を考えながら歩いている。

「花守さん」
「あ、辻くん」
「本部に行くところ?」
「うん、辻くんも?」
「ああ。……」
「…………」
「……一緒に」
「う、うん」
 教室を出て廊下を歩いていると隣のクラスから花守さんが出てくるのが見えて目が合って思わず声を掛けてしまったが、ずいぶんと下手な誘い方だった。花守さんも他のやつらといるときはもっと楽しそうに喋っているはずなのに、俺の前だと途端に口を閉ざしてしまうのは嫌われているからだろうか。
 今にも降り出しそうな重たく暗い空。風もずいぶんと湿っぽい。左手にある傘を揺らしながら歩き、考える。彼女は傘を持っていないようで、実際に雨が降り出したらやっぱりふたりで入ることになるはずで、そうしたら……。
 ふいに足元に黒い点が見えて、気づくとぽつぽつ冷たい雨粒が落ち出してきた。自然に傘の中に誘えるか不安だったが、とりあえず傘を開こうと手を掛けると隣で花守さんが鞄の中を漁って女子らしい花柄の折り畳み傘を取り出していた。どっと脱力して、肩の荷が下りた思いと、すこしの寂しさ。
「お、辻ちゃんと花守ちゃんじゃん」
 能天気な犬飼先輩の声が聞こえて振り向くとき、花守さんのホッとしたような表情が目に映りさっきまであんなに緊張していた様子が解けて重たい空気がすっといなくなったのを感じる。
「ふたりとも用意いいじゃん。傘入れて?」
 犬飼先輩が勝手に俺の傘の中に入ってきたせいで肩が雨に触れる。
「……狭いんですけど」
「えー?じゃあ花守ちゃんの傘貸して?」
「花守さんはどうするんですか?」
「辻ちゃんの傘に入れてあげればいいじゃん。男ふたりで相合傘なんて気持ち悪いでしょ」
 そう言って勝手に花守さんを俺の隣に並ばせると、花守さんの傘をくるくる回して眺めている。
「おー、可愛い傘」
「犬飼先輩が差すと変ですけど」
「じゃあ辻ちゃん交換する?」
 この人はわかっていてこういうことを言うから性質が悪い。間に入っている花守さんはまた居心地が悪そうに俯いている。
「……いえ、」
「花守ちゃんも優しい先輩と相合傘のほうがいいよね?」
 俺の言葉を途中でわざとらしく遮って花守さんの顔を覗き込む犬飼先輩ととっさに距離を取ろうとしたのか、花守さんの頼りなさそうな肩が傘を持つ俺の手にほんのすこし触れた。
「つ、辻くんも優しいですっ」
「え……?」
 思わず空いている手で隠すように口元を覆ったのは、自分の表情をコントロールできなくなりそうだったからだ。予想外の言葉にひどく動揺した。
きっと花守さんのような子には犬飼先輩のようにいろいろ気遣いができて優しい言葉をたくさんくれるタイプのほうがいいんだろうと思っていた。
「だって。よかったじゃん、辻ちゃん」
 犬飼先輩がにやにや笑いながらそう言って、すこし前を歩き出す。隣を歩く花守さんは俺と視線が合うと恥ずかしそうに目を伏せた。長い睫毛だった。



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