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ホワイトシチュー



「椿?」
自宅の鍵をカバンから取り出して穴に差し込んで扉を開けた。
部屋の中は既に電気が付いていて、重たかった気持ちが更に重くなって手に持っていたここころなしかスーパーの買い物袋も重さを増したように気がする。

「ただいま」
内容量の2倍も3倍も重く感じる袋を半ば引きずるようにしながらリビングの扉を開けると、ソファに座ってテレビを見ている夫がこちらに視線を向けたのを感じる。

「遅かったね」

「ごめん。途中カフェに入ってたら遅くなっちゃって。すぐご飯用意するね」
何と無く視線を合わせるのが気まずくて、逃げるようにキッチンの方へ足を進める。

「椿、待って」
なのに夫は私を呼び止める。

「どうしたの?」
カウンター越しにリビングの方を見れば、ソファにいる夫がこちらを見つめている。
真顔で私を見つめる夫と、誰も見てすらいないのに流れ続けるテレビ番組の音。
画面の向こう側で可愛らしいアイドルグループの女の子たちがインタビューを受けている。

「こっち」

「ん?」

「飯は後でもいいからさ。こっちおいで」

「私、お腹すいちゃった」
ソファに座って隣を開けて待っている夫から視線を逸らして、キッチンで今買ってきたばかりの食材を袋から取り出して台に並べる。
ジャガイモに玉ねぎ、鶏肉、ニンジン、ブロッコリー。

夫の言葉の意図が取れないフリをして、私はまた曖昧に笑って食材を冷蔵庫に仕舞う。

ソファに座る夫を直視できない。
うちのソファは忍足くんの家のものとは色も形も違うのに、ソファという存在そのものが私に彼を思い起こさせる。

「ねえ、」
私の背後に移動してきた夫が私を抱きしめながら首筋に顔を寄せてくる。
その感触がつい1時間ほど前の忍足くんと重なって反射的に顔を背けて夫から遠ざかってしまう。

「もう…。今日はどうしちゃったの?」
「んー?別に?最近してないなって思ってさ」

背後にいる夫の方を見ないまま夕飯の支度を続けようとすると、不意に両肩を掴まれて身体を180度回転させられ強制的に夫と向き合う姿勢にされた。
「椿」
「なあに?」
「こっち見て」

両肩を掴まれたまま、目の前にいる夫と向き合う。
この人ってこんな顔する人だっけ。

「ごめん」
突然の謝罪に何故かドキッとして全身の筋肉が急に強ばる。
どうしてあなたが謝らなきゃいけないの。
謝らなきゃいけないような事など何もない人が謝って、本当に謝るべき人間はその謝罪を平然と受け入れている。
こんなのおかしい。

「最近二人の時間全然取れてないよな」
両眉を寄せて私に言い聞かせるように切なげな表情を浮かべる彼を見て胸がぎゅっと締め付けられそうになる。
「椿に寂しい思いさせてるんじゃないかって、俺心配で」
心底不安そうな顔で私を見ている夫。
「そんな。気にしないで?」

無意識的に許しの言葉を連ねている自分の狡さに驚く。

「ごめんな?」

泣きそうな顔。

私の目を見ながら再度謝る夫の言葉を聞くに耐えず、彼の胸に寄り添って背中に腕を回した。

「いいの。謝らないで」

忍足くんのものよりも幾分か華奢な夫の体に額を擦り付けながらうわ言のように「良いんだよ」と繰り返した。
自然に溢れ出てくる涙を夫はどう捉えているんだろう。

忍足くんと別れなきゃ。

付き合ってもいないけど。

「ごはん、食べよ?」
顔を上げて夫にそう告げた。

「ああ、そうしよっか」

一瞬だけこめかみにキスを落としてきた夫に笑い返した。

もうあの人に会っちゃ駄目だ。

「あのね?」

「ん?」

「牛乳、買ってくるの忘れちゃったの」

忍足くんに電話しなきゃ。

「じゃあ俺が買ってくるから、椿は夕飯の準備始めてて?」

「うん、ごめんね?」

私が伝えるべき"ごめん"はこんな事じゃないはずなのに。

「他になんか必要なものある?」

「うーん…欲しいおつまみとかあったら買ってきて?」

この前の結婚式でもらったワインのボトルを掲げて見せた。

「いいねえ」

夫が買い出しに行っている間に私は全て蹴りをつけよう。

そして彼が帰ってきたらまた今まで通り笑って「おかえり」って夫を迎えよう。




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