spiral | ナノ



ダイヤモンド


「はあ、かなり遅くなっちゃったな」
ベッドの上でシーツに包まりながら見た時計は既に15時半を回っていた。
「もう少し居ってもええやろ」
シーツごと私の身体を抱きしめる彼は腕に力を込めて、私の身動きを制限する。
早く服を着たくて腕の中でもがいてみるけれど、びくともしない。
「よくないよ。夕飯の支度もしなきゃいけないし」
「椿さんの旦那さんはええな。毎日椿さんと一緒に寝て、起きたら必ず隣に椿さんがおって、仕事から帰ったら椿さんがご飯作って待っててくれんねやろ?」
「まあ、そうだね」
「羨ましいなぁ、ほんま。一回だけでええから、俺も椿さんと一日中一緒に居りたいわ」
「そんなこと言って。忍足くんなら私じゃなくたって、いくらでも相手いるでしょ」
「椿さんじゃないと意味ないねん」
「相手がいるのは否定しないんだね」
「今更椿さんに嘘ついてもしゃーないやろ」
ようやく腕の力は緩められたのに、私はそこから抜け出すこともせず緩やかに抱き締められたままベッドに横たわり続ける。
「この前の女子大生は?」
「ああ、あの子な」
「駄目なの?」
「椿さん」
ほんの少し身体を起こして片腕で頬杖をつきながらこちらを見つめてくる忍足くんの視線は厳しい。
「なんでそんなに俺の事気にすんねん」
「んー、どうしてかな」
「ほんまは俺の事好きなんやろ」
頬杖をついたまま、自由な方の手で私の頬を撫でる忍足くんを真っ直ぐに見つめ返す。
きっと私の瞳は、私の心臓の鼓動のように激しく揺れているに違いない。対する彼の瞳はただただ真っ直ぐに私を見下ろしている。
「俺は椿さんのこと好きやで。」
「椿さんいま何してんねやろ、とか。今日の夕飯何作るんやろ、とか。俺も食べたいなとか。そんなことばっか考えてんねんで、俺。」

それは嬉しくてたまらない言葉なのに、なぜか私は聞きたくなかったと思ってしまう。
そんなこと、言わないでよ。
そう子供のように大きな声を上げて忍足くんを責め立てられたら良いのに。そんな言葉聞かない方が良かった、知らない方が良かった。
私の心は嬉しいはずなのに、脳が直感的にそう判断を下してしまう。

どうしようもない息苦しさを誤魔化すために、私は黙って彼の腕の中から抜け出して、寝室の扉とカーテンを閉じた。
もう夕方近いこの時間、カーテンを引いてしまえば部屋の中は暗闇に包まれる。
明かりがなくてもこの部屋の家具の配置は簡単に思い出せる。ミニテーブルや背の低い本棚にぶつからないように身体を移動させて、ベッドの上にいる忍足くんの上に跨った。
くすぐったそうに笑う彼は、「椿さん、まだ足りひんの?」と言いながら私の背中に手を這わせる。心なしか、私に触れる彼の手が嬉しそうにしているように感じる。

彼の首筋に埋めた顔。
良い匂いがする。
肺いっぱいに彼の香りを貯め込むように深く息を吸い込む。
私のその行動に気がついた彼はくっくっと喉を震わせて笑う
「椿さんってさ」
「なに?」
「いっつも俺の匂い嗅いでるやろ」
「だって」
「だって?」
「忍足くんがいつも良い匂いするから」


「椿さん、忘れ物」

そう言って忍足くんは洗面台の方から戻ってきた。
その手にはダイヤのピアスが乗せられている。

「ああ、忘れてた。ごめんね」
「これ結構ええやつやろ?忘れたらあかんで」
「うーんどうだろ。貰いものだからあんまり分からないや」
「旦那さん?」
そう言いながら忍足くんが顔の横にある私の髪の毛を耳にかけて、何もついていない裸の耳を空気に曝す。
「そう。前の誕生日に」
「へえ」
それだけ漏らして黙った彼は、手の中にある2つのピアスのうち一つを指先に摘まみ、私の耳に開いている小さな穴へ慎重に挿入する。
カチッとキャッチが止められた音が耳元に響いた後、今度は反対の耳にも同じようにピアスを装着する。
終始無言で、じっと耳元だけを見つめられるとなんだか居心地の悪さを覚えてしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、忍足くんは私の両耳にピアスを装着し終えた後に今一度耳たぶに指を添えてそれを凝視する。
「…ありがとう」
夫からの贈り物を夫以外の男につけてもらうことになるなんて思いもよらなかった。
先程までの行為よりも、何故だかこっちのほうが存分に悪いことをしているように感じてしまう。
まるで夫の気持ちに泥を塗って踏みにじっているような、そんな気分。

私は自分の耳元を触って確かにそこに付けられているのを確かめた。
「椿さんにはな?」
「ん?」
「こういうダイヤよりブルーサファイアの方が似合うと思うねんけどなあ」
私の耳に軽くキスを落としながらそう低く小さく彼が呟いた。
至近距離で溢された独り言に、再び全身にゾクゾクと興奮が駆け巡る。
先程解放されたばかりなのに、また行き場のない熱がいとも簡単に呼び戻されてしまう。
だって私の好きな宝石はサファイアだから。
「椿さんの旦那さんって、あんまセンスのない人なんやなあ?」
一言も発することが出来ずにただ目の前の彼を見つめることしかできない。
藍色の瞳にはそこに映り込む何物をも虜にする力がある。
勝ち誇ったような笑みを浮かべた彼が私の首元に手を差し込んで、そのまま唇ごと飲み込むようなキスをした。
忍足くんに呼吸を奪われながら思考が遠のく頭の片隅で、いつだかの店長の言葉を思い出した。

「中々センスのある人ね」

やっぱ店長はすごいや。

「私ね」
「ん?」
「サファイアが一番好きなの」
「せやろ?」
長いキスの余韻に浸りながら、そう彼に打ち明ければ。
やっぱり彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、クツクツと喉を鳴らす。

時計の針は17時を指していた。
ああ、もうほんとに帰らなくちゃ。




[ 14/18 ]

[prev] [next]
[list]

site top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -