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待ち合わせ


「松枝さん」
今日はいつもより早く出勤した。
「高松さん、おはよう」
「これ、よかったらどうぞ」
上司のデスクに小さな箱を置いた。このためだけに今日はいつもより早く来た。

もう大分前になるけど、この人に貰ったお菓子へのお礼のつもり。
ついこの前ようやく食べ終わったから、そのお礼。美味しかったですっていうだけ。だから別に今更っていうこともないし、不自然でもない。
「俺に?」
「はい。前に頂いたお菓子、美味しかったです」
なーんだ、そんなの別にいいのにー、そう言って小箱を手に取った松枝さんは興味有り気に箱を見つめている。
「この前頂いたブランドと同じところのやつです。すごく美味しいので松枝さんも食べてみた方がいいですよ」
「かえって気遣わせちゃったみたいで悪いねえ」
小箱を掴む松枝さんの左手に違和感を覚えて思わずじっと見てしまう。
「高松さん?どうかした?」
「あ、いえ」
「…もしかしてこれ食べたかった?」
私が黙って松枝さんの手元を見つめているのを、この人はそう捉えたらしい。
自分で人にあげたもの、そんな風に見るわけないじゃない。
左手で軽く持ち上げて私にその箱を見せつけてくる松枝さんの指には何もついていない。
「そんなわけないじゃないですか。私はもう充分食べましたから」
なんで今日は指輪してないのよ。
先週の夕方、駅前で奥さんと待ち合わせて手繋いで歩いてたくせに。

それは本当に偶然だった。
いつも使ってる電車の駅からバス停へ乗り継ぐための道のり。
駅を出てすぐのところに立っている女の人が何となく気になって、彼女の前を通り過ぎる時にチラッと見てみた。
それでも彼女の姿に特に思い当たる節もなく、いつも通り8番乗り場のバス停に並んでバスを待ちながら遠くから彼女を見つめて思い出した。

あの人だ。
少し前まで朝のバスでいつも見ていたあの人。
私の座る席の前に立って、隣にいる気障ったらしい年下男とよく話をしている人。
ある時から二人とも見なくなった。
そのこと自体は全く気にしてなかったどころか、今の今まで最近会わないことにすら気付かなかったくらいだし。
あの人がここにいること自体はなんら不思議ではない。
だっていつもこの駅が終点のバスに乗ってるんだから。きっと帰りは彼女もこのバス停からバスに乗るはずだ。
帰りもまたあの気障男と待ち合わせてバスに乗るんだろうか。
ぼうっと遠くから見つめていた。

なのに彼女の元に現れたのは年下気障男でも何でもなくて。
バイト先の上司だった。
小走りで彼女の元に駆け寄った上司は、何の戸惑いもなくその人の手を取って駅前の繁華街の方へ歩いて行った。
へえ、あの人が奥さんなんだ。
二人の行先を追おうとしたら、目の前にバスが到着して視界が遮られてしまった。
いつもの席に座って窓の外を見た時には彼らの姿は当然見当たらず、駅前の人の塊だけが広がっていた。

それが先週の事だったのに。

今日の朝、このためだけにいつもより早いバスに乗っていたらいつもより空いてる車内にあの二人がいた。
正確に言うと、乗っている時は気が付かなかったけど、終点で降りるとき、全員が降りてから最後に席を立つ習慣のある私は、後ろの方の座席から歩いてくる二人に気が付いたというだけ。

ちょっと前から見かけないと思ってたら、早いバスに乗って二人仲良く並んで座ってたってことね。
あの二人がどういう関係なのか私は知らないし、私には関係のないことだけど。

あの男と一緒にバスを降りていく彼女をもう一度目で追う。
その人はやっぱり先週の夕方駅前で松枝さんを待っていた女の人と同じ人だった。

ダメじゃん、そーゆーの。



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