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プロシュート*


椿さん、幸せ?

いつものように彼が聞いてきた問いに
さあ、どうだろう
と曖昧に笑いながら彼の背中を撫でた。

その時の手のひらの感触がずっと残っているような気がして、じっと自分の右手を見つめる。

「椿、食欲ない?」
中々箸の進まない私を見た夫が心配そうにこちらを見つめている。
18時半頃、仕事終わりの夫と駅で合流したあと、私たちは駅前にあるスペインバルに入った。
小洒落た店内は緩やかな暖色のライトで照らされていて隠れ家的な空気を放っている。
二人揃って外に出るなんていつぶりだろう。
最後にこうして一緒に外でご飯を食べたのは同じ大学出身で、私たち共通の知り合いの結婚式だったと思う。
私の誕生日にもいつものマンションで少し手の凝ったご飯を食べた。
それを作ったのは私。夫はケーキを買ってきてくれた。
「ああ、ごめん。そんなことない。ちょっとぼうっとしちゃって」


両脇に腕が差し込まれて自らの意思とは関係なく身体が動かされていた。
ベッドの上で少しだけ身体をずらされ、両手首をまとめて掴んで頭の上にまとめられた私は逃げることもせずされるがまま。

彼は私の上に馬乗りになったまま、片手で私の腕を抑えたままもう片方の手を下に伸ばす。
忍足くんは長い指をそっと入れてきて、ゆっくりと出し入れする。
どこにも触れられていないにもかかわらず私の身体はいとも簡単に彼の指を受け入れて、与えられる刺激を悦んでいる。
「椿さん、すごいな?」
私の反応を伺いながら、緩やかに動かされる感触がもどかしくて、もっと、強く、早く、がまんできないと視線で訴えかければ、ぱちっと目が合った彼がにっこり笑っている。
「忍足くん」
本当はその首に腕を回してこっちに引き寄せたいのに、強い力で上から押さえつけられている腕は動かすことが叶わない。
「ん?」
「抱きしめたいから、手。」
「なに?」
「解いて」
「そのおねだりは可愛えけど、今日はあかんな」
すかさず指を引き抜いた忍足くんは、代わりに熱くて大きなもので私の中を満たした。
向かい合ったまま互いの性器を擦り合わせるように律動を繰り返す。
膣の中を埋め尽くす圧迫感に呼吸が苦しくなる。
腕が束ねられた状態では、突きあげられて少しずつ上に動く身体を支える事も出来ず、ただただ揺すられる度に声を上げるだけしかできない。
「椿さんっ…」
手の拘束はそのままにして私の首筋に顔を埋めて首筋に唇を這わせている彼の髪の毛が顔にかかって少しくすぐったい。
直ぐ隣におりてきた彼の頭部に自分の頭を近づけて、彼の額にキスをする。
「っ…なにっ、どうしたのっ…」
「椿さんっ、     」

息を切らしながら虚ろに私の名前を呼ぶ彼の首筋に強く吸い付いて痕を残した。
キスマークが所有印ならコレは一体何だろう。
自分では所有していない男の身体に痕を残してしまったのには特に理由なんてない。
ただそうしたかったから。それじゃあ駄目なんだろうか。


「…椿さん、幸せ?」
私の上にそのまま覆いかぶさって達した彼が発したその問いに、今度は噛み付くことはせず言葉で応えた。
「さあ、どうだろう」
いつもと同じように笑いながら答えた私。
行為が終わってからようやく解放された腕でぎゅうぎゅうに彼の身体を抱きしめながら、まるで赤子をあやすように彼の背中を撫でた。


少し汗ばんだ背中が私の手に吸い付いてきた感触が今でも鮮明に残っている。
そして今日の昼、手のひらに痕が付くほど強く鍵を握りしめていたこの手。
あの鍵はカバンの奥にしまってある。
どうして持って帰ってきてしまったんだろう。
帰宅後、カウンターの上に置いた鍵がないことに気づいた彼はどう思うのかな。

「最近忙しそうだよね。結構頻繁にシフト入ってるんでしょ?」
「うん。でもそんなに忙しいってわけでもないから大丈夫。ごめんね」
彼によく見せるような笑いを夫に向けて、プレートの上に綺麗に並べられているプロシュートにフォークを差した。
最近こんなのばっかりだ。
誤魔化すための笑顔ばっかり浮かべて、やましいことをひた隠しにするみたい。

彼の住むマンションへ向かうまでの道のりは心が躍るような気分でいるのに、会っている最中は素直になれずに彼から向けられるストレートな好意を曖昧に笑って流すだけ。
彼に会いに行く時は、まるで中学生の時初めてできた好きな男の子と休日に待ち合わせて出掛ける時のような高揚感なのに。一緒にいる時も楽しくてたまらないはずなのに。
彼が私に真っ向から向き合えば向き合うほど、私は顔を背けたくなる。

彼の部屋から自分の住むマンションへ帰る道のりは石のように足が重く感じるのに、会社から帰ってきた夫を迎える私は笑って「おかえり」なんて言っている。
夫の帰りを待つ私は酷く平淡な気持ちでいるのに、夫がいつもと同じように夕飯を食べ、シャワーを浴び、そしてソファでテレビを見たり雑誌を読んだりしている姿を見てひどく安心する。
今日も変わらずこの部屋にこの人が居て良かったと心の底から思う。

私は何処にいる時が幸せなんだろう。

「椿、やっぱ疲れてるんじゃない?家のことは平気だからさ、無理しないでシフト減らしてもらってもいいんじゃないの?」
そもそも俺は椿にはずっと家にいてもらっても良いと思ってるんだし、そう言う夫の言葉はなんて心強いんだろう。
「うーん、そうなのかな?まあ店長に相談してみるかな」
思ってもないことを口にした。
あそこの花屋で働く時間は私が唯一、外との繋がりを持てる時間だから減らすつもりなんて微塵もない。
「そうすると良いよ」
フォークの先端にだらしなくぶら下がったプロシュートを口に運ぶ夫は満足気にそれを頬張る。



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