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隣の席



「椿さん、聞いてや」
「なに?」
「俺な、ちょっと前にあそこのバイトの女の子に声掛けられてん」

バスの後方部、隣に座る彼は少しだけ声を潜めている。
彼に言われた通り1本早いバスに乗るようになってから、私たちのいつもの場所は運転席の後ろから、後方にある二人がけの座席に変わった。
「そうなの?あの可愛い感じの子でしょ?」
「連絡先教えてほしいって」
「意外と積極的なんだね」
「俺もびっくりしたわ」
「で?その子と付き合うの?」
「椿さん、極端すぎ」
彼が声を出して笑うたびに揺れる身体がぶつかるのが気になって、不規則に触れる箇所へ意識が持っていかれる。
「別にどうこうするつもりあれへんよ」
「なんで?」
「なんでって…なあ。連絡先教えたからってなんも、あの子とどうにかしたいわけとちゃうし」
隣に立っていた彼が隣に座るようになっただけでグッと距離が近づいたように感じる。
身体的な距離が近くなれば精神的な距離も近づくものなのだろうか。
「へえ?そうなんだ。だったらなんで教えたの?」
「きっと凄い勇気出して声かけてくれたんやろうし、それで断るのも可哀想やろ」
「優しいのか優しくないのか分かんないね、それじゃあ」
誤魔化すように笑っている彼は本当はどんな人なんだろう。
「なんか、誰とでもすぐ話すタイプかと思ってた」
「別に俺は誰でも良くて椿さんに声かけたわけちゃうねんで」
信用なさすぎちゃう?俺?
彼はそう言って笑っているけど、きっとこの人にとって代わりの女の子なんてどこにでもいるんだろうな。ますます隣にいる男の真意が見えなくなる。
「じゃあさ、なんで私とはこうして話してるの?」
「気になったから?」
「それだけ?」
「せやで?もっと話してみたいなあって思っただけや。椿さんだっておんなじやろ?」
図星を突かれて思わず言葉に詰まる。
「まあ、そうかも?」
「もっと知りたいって、そう思わへん?」
頭を少しだけこちらに傾けて小さい声で呟く彼の声が直接耳に響いてくる。
何も変なことは聞いてないはずなのに、何か凄く悪いことを企んでいるような感覚になってしまう。
膝の上に乗せたお弁当バッグをグッと握りしめ、素直に頷くことが憚られるその問いかけには曖昧に笑って答えた。

「どうだろ」
「椿さん、いつもそんなんばっかやな」

そういうとこも椿さんの魅力やと思うけど、
そう言って彼が笑うと、再び揺れる身体が時々私にぶつかった。





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