百人一首 | ナノ



カフスボタン_


  筑波嶺の 峰より落つる みなの川 
   恋ぞ積もりて 淵となりぬる
     陽成院


"せーいちくん"

そう彼のことを呼ぶ幼い声が脳内に聞こえる気がする。
昨晩、夢の中で見た彼は4歳くらいだろうか。
見覚えのある公園の砂場で彼は一生懸命砂の山を作っていた。
それは紛れもなく、幼い頃の私の記憶。
ふいに夢の中の映像がフラッシュバックする。音は聞こえない。

そして今、純白のタキシードに身を包んだ彼と対峙した。
「おめでとう、精市」
「ああ、ありがとう。」
袖のカフスボタンを留めながら、彼は視線だけをこちらに流す。
「お前もそろそろだろ?」
「ふふ、精市に続けるように頑張るよ」
「お前なら大丈夫だよ。すぐに良い人が見つかるだろ」
精市はそう言いながら、中々上手く留まらないボタンに苦戦している。
「…ちょっと貸して。留めてあげる」
「ああ、悪いね」
素直に差し出された彼の右袖を手に取って、そっとボタンを留める。

ずっと大好きだった彼の晴れ舞台。
そのための支度の仕上げを手伝う羽目になるなんて思いもよらなかった。
出来れば私もお揃いの白に身を包んで、支度を終えた彼が待つべき存在になりたかったのに。

月日が流れれば流れるほどに積もり積もっていき、すでに私の心に深く入り込んでしまっていた彼への思いはもう誰にも打ち明けることもないだろう。
人知れぬ恋心に区切りを付けるように、カフスボタンが彼の純白の袖を閉じた。




歌意:筑波の峰から激しく流れ落ちてくる男女川が次第に水量を増やして深い淵となるように、私の恋心も積もり積もって淵のように深くなってしまった。


▽13番、恋の歌。
幼馴染の女の子の秘めたる思い。好きな人のカフスを留めてあげるシチュエーションを描きたかった。そしてその子がボタンを留めてあげることによって、支度が完了し、奥様を迎え入れる準備が整うという残酷さが欲しかった。



[ 3/8 ]

[prev] [next]
[list]

site top



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -