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プロになった君


21:46
地下鉄に乗り込み帰途に就く。
これ見よがしに着飾ってこれから六本木の夜に繰り出す人と入れ違いに、くたびれたジャケットをまとった人々が車両に吸い込まれていく。
端の席に座って一息つけば、プシューという音ともに扉が閉まり車体が動き出す。

膝の上に置いたバッグからスマホを取り出して、この目まぐるしい世の中に置いて行かれまいと今日一日の出来事をチェックする。
興味を引くような記事もなく、条件反射的に人差し指が見出し一覧をスクロールしていく。しばらくそんなことを続けても何も意味がないように思われて、そっとスマホを閉じた。

東京に出てきてもう7年。大学も卒業し、仕事にも慣れてきた。
18歳で出てきたときは右も左もわからず、大阪とはまた違った大都会に怯えながらもその刺激を楽しんでいたように思う。
それなりに大学生らしい生活を送って、4年間で東京の主要なエリアは大体遊びまわった。
六本木に本社を構える会社での勤務が決まった時は随分喜んでいたと思う。
4年間で色褪せたように見えた東京の街が、また再び彩を取り戻すことへの期待だった。
今まで遊びまわっていた街とはまた違った新しいエリア。まだ見ぬ生活。高層ビルが立ち並び、澄ました雰囲気が漂う街。そして夜には一転して秘めやかな欲が渦巻く六本木の裏路地。

それも3年経てばつまらない日常の一部に過ぎなくなった。
初年度は残業もなく比較的穏やかに過ごせていたが、2年目からは仕事量が急激に増えた。
気が付けば仕事に忙殺されて、あれほどキラキラして見えた街すら目に入らず、愉快に街を行き交う人たちと自分の温度差だけが浮き立っていた。

ふと見上げた地下鉄車内の広告モニター。
そこには時事情報が断続的に流れている。

[25歳日本人選手 全豪オープンを制す]

その見出しは先程のニュースアプリでも見たばかりだった。
あの時は気にも留めなかったスポーツニュース。
私の視線は見出しの下に表示された赤髪の青年の写真に釘付けになった。
ラケットを大きく振りかぶる1コマを捉えたその写真が写しているのは、間違いようもなく、かつての私のクラスメイトだ。

モニターの表示が次に停車する駅名に変わったことで彼の姿は見えなくなってしまった。
それでも一瞬表示された彼の姿が目に焼き付いて離れず、私は移りゆくモニターをただ茫然と眺め続けた。



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