6years | ナノ



JH3 秋_


【テニスショップ心斎橋店】

「椿、今週の日曜空いてるか?」
突然隣のクラスの白石がやってきたと思えば、私を呼び出して言った台詞がこれだ。
「うん、特になんもないけど…」
「ラケットショップ行こうと思うんやけど、付きおうてくれへん?」
「え?なんで?」
この男の考えることは全く理解できない。
去年までは私が時々誘ってテニスグッズを見に出かけたりしていたものの、あの冬以降私が声を掛けなくなってから一度もなかった。
「なんで、って言われてもなあ…」
そう困ったように頭を掻く白石の姿に懐かしさを覚えるくらいには、最近面と向かってちゃんと話していなかったことに気が付いた。
夏の全国大会以降、私たちは部活を引退したため部活関係の連絡や調整で相談することもなくなった。
「別にええよ。10時に心斎橋でええ?」
そういうとパッと明るい顔になる白石が可愛いと思う。別にええよ、なんて我ながら偉そうな言い方。わざわざ声掛けに来てくれただけで嬉しいのに。
「10時心斎橋な。椿もなんか行きたいとこあったら考えときや」
じゃ、またと言って自分の教室に戻っていく白石の後ろ姿を、私は黙って見つめることしかできなかった。なんで私のこと誘うねん。謙也とか健二郎とか、いくらでもおるやん。
白石と2人で出かけるのなんて久しぶりやな。やっぱり、週末は楽しみや。
その様子を教室で見ていた親友には、嬉しそうやねと揶揄われてしまった。

待ち合わせの10分前に駅についてさすがにまだいないだろうと思いつつ、一応待ち合わせ場所を確認したら既に白石は信号の向かいにあるビルの前で待っている。
遠くから見ても男前やな、なんて思いながら信号を待つ。
秋も深まり、肌に当たる風が大分冷たい。青に変わって急いで信号を渡って向かいにいる彼のところへ駆け寄る。
「白石!早過ぎとちゃう?」
「自分だってまだ時間には早いで?」
そんな急がんでも遅刻やないで、と笑っている。

テニスショップを何軒かはしごしながら、新しいシューズやウェアなどを物色していると部活に入っていた時のような気分になる。
白石、このウェア似合うんちゃう?と言ってショッキングピンクと蛍光イエローのウェアを見せれば、ほんまか?とそれを手に取って試着室に向かう白石。
しばらくして試着室のカーテンを堂々と引いた白石の姿を見て思わず吹き出してしまった。色もそやけど、そもそもパツパツすぎひん?
「白石、それはあかんで。ほんま」
「よう似合っとうやろ?な?」
試着室の中でくるりと一回転して見せるのがまた滑稽で笑いが止まらない。
「傑作すぎやろ。写真撮ってもええ?」
サービスやでー、と言ってしっかりポーズを取ってくれる白石を2,3枚ほど写真に収めた。
「はよ、元の服に着替えや。そんなカッコされたら私が持たへんわ。」
「そんだけ笑うてくれたら、こっちも体張った甲斐あるわ。」
再び試着室に戻っていった白石を待ちながら、先ほど撮った写真を眺める。
一部の友達限定のSNSにアップしようかとも一瞬思ったけど、なんとなくこれは自分だけに留めておきたくてそれはやっぱりやめた。

ショップを後にして私たちは昼食を取るために道頓堀近辺まで歩く。
歩きながら気になっていたことを白石に聞いてみた。
「やっぱ高校でもテニス部入るん?」
そりゃ今日色々見てたくらいだしそうなんだろうからすぐに肯定されると思えば、意外にも少し考える間があり、そして出てきた答えは「多分そうやと思う」なんて極めて曖昧なものだった。
「悩んでるん?」
「悩んでるっちゅーか。ここ最近あんまテニス楽しいと思わんねん。」
そんなの初めて聞いた。白石はテニスが好きなもんだとばっか私は思ってたから。
でも考えてもみれば…
「確かに白石は団体戦とかより、個人でやるほうが向いてるかもしらんね」
それを聞いた白石の顔はすごく驚いていた。前々から感じていたことではあったが、無責任に口走ってしまったこと少し後悔した。
「…ごめん、勝手なこと言うたわ。気にせんといて。」
いや、ええねんと言う白石の声は心なしか沈んでいて少し気まずい。
暗くなってしまった空気を変えるために私は明るい声を出した。
「あそこの串カツ屋むっちゃ美味しいんやて。この前オサムちゃんが言うてたで!」
「あれやろ、店員のオネーチャンがむっちゃ不愛想な美人やってとこやろ?」
そうそう!!な、行ってみいひん?白石も不愛想なオネーチャン見たいやん?と言えばすぐに乗ってきてくれる。さっきのあの微妙な空気感はもうない。
結局その不愛想で美人なオネーチャンは今日はお休みだったのか、お目にかかれなかったが確かに串カツは美味しかった。

串カツ屋に入った時間もそこそこ遅いお昼だったため、お店を出たらもう陽が傾き始めていた。
「日暮れるの早なったな」
誰に言うわけでもなく呟けば、白石も「もう、秋やもんな」と漏らした。
私が隣の駅まで歩くと言えば、自分の使う路線はそこの駅に入っていないにもかかわらず白石は駅まで送ると言ってくれた。そういうちょっとした優しさが擽ったい。
「なあ、白石」
西日に照らされ、少しずつ街灯がつき始めた道を歩きながら声を掛ければ、ん?と返してくれる。
「私な、白石のテニスが好き。だから、テニスやめんで欲しい」
歩くペースは変わらず、私たちは駅へ進み続ける。
「俺のテニスが好き、かあ。」呟いた後に少し間をおいて、「それじゃあやめられへんな」と笑って答えてくれた。

改札前まで送ってくれた白石と別れて、一人で電車に乗れば日曜の夕方の割に空いていて座ることができた。
ふとスマホを見れば、新着メッセージが1件。
「今日は買い物付き合うてくれてありがとうな。気つけて帰れよ。」
その気遣いに胸がぎゅっと締め付けられる気がして、私はテキストをつけずにパツパツのショッキングピンクに包まれた白石の写真を送った。





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