6years | ナノ



SH1 春_


【壊れたキャスター】

部活を引退したのは今年の夏だけれども、卒業する前に自分たちが3年間使ってきた部室の掃除をしようと思った。何も残さずこの学校を去るためにも必要なことだった。
廊下から隣のクラスの白石を呼べばすぐに来てくれる。
「あんな、卒業前に部室の掃除しようと思うねんけど、不用品も出るだろうし男子の方も一緒に掃除せえへん?」
これが最後の機会だから、部室の大掃除と一緒に白石への気持ちも綺麗にしたいと思った。
好きでいるのをやめることはできなくても、すっきりと去れればそれで良い。
構へんで、二つ返事で了承してくれた白石と相談し、他の3年との予定も考えてから再び大掃除の日程を決めることにした。

テニス部の部室は男女で隣り合っているので、互いに不要物を一旦外に出して、外に出ているものの中で欲しいものがあれば引き取る、不要であれば全部まとめて処分することにした。
部室の中で今まであまり手を付けてこなかった棚やロッカーの中も整理していると、どんどん色んな物が溢れてくる。自分たちが使っていたものもあれば、見たこともない、いつからそこにあるのかも分からないようなものも出てくる。
試合会場でなくしたと思っていたタオルや、持ち帰るのが面倒で部室に置いたままにしていた中1のころの教科書なんかも出てきて中学3年間の思い出が蘇ってくる。それはみつきも同じだったようで、2人で部室掃除をしながら昔話に花が咲く。

外から「椿ー!ちょっとこっち来てくれへんー?」と呼ぶ声が聞こえる。
出てみると男子の部室から顔を出した白石が手招きをしている。
誘われるがままに部室に入ると、ロッカーと棚の隙間から白石がゆっくり何かを取り出してきた。
「椿、これ覚えてるか?」
錆だらけで、白い塗装もほとんど剥げているアルミ製のキャスターだった。
いつも球出しの時にボール籠を置くのに使っているものだが、随分と年季が入っている。
白石が棚の隙間からそっと取り出した細いアルミを手にすると、それは2つに分かれてしまってキャスターとしては使い物にならなくなっている。
「…あ!!!」

それは、私たちがまだ入部したての頃に使っていたキャスターだった。
先輩に言われて球出しの準備をしていたときにキャスターを開くと、ストッパーが壊れてしまって今白石が見せたようにキャスターが真っ二つになってしまったのだった。
それはもう経年劣化であることは明らかだったが、部活の備品を壊してしまったという焦りから急いで隣のコートで男子の球出し準備をしていた白石に助けを求めに行くと、悪巧みをするような少年の顔をして「応急処置やで」と、なんとかストッパーを元あった位置に直してくれたのだった。
1つ目のボール籠は私が慎重に設置したため頑張ってくれたが、籠が空になった後、先輩が2つ目のボール籠をセットしようとしてキャスターに籠を乗せた瞬間に応急処置のストッパーは限界を迎えてキャスターはその役目を果たさなくなってしまったのだった。
隣のコートからそれを見ていた白石と顔を見合わせて、くすくす二人でひそかに笑いあったのをよく覚えている。
「懐かしい…!!こんなとこにあったんや…」
「せやで、片付けの時椿が俺んとこきて男テニの方で上手いこと隠しといてって言ってたやろ」
「そんなこともあったなあ。隠さんと普通にしてればよかったのにね」
「入ったばっかの1年の頃やったしビビってたんやろ、俺ら二人とも」
やっと処分できんねんな、と言えば、女テニの方で持っててもええんやで?と笑われた。

ふと男テニの部室を見渡すと、ひときわ目立つ場所に今年の夏の大会の賞状とメダルが飾ってある。
何気なく近くに寄ってそれを見つめていると、白石も隣にやってきた。二人で並んで賞状を見ながらあの夏のことを話していると、突然白石の声のトーンが1つ下がった。
「俺な、高校でもテニス続けることにしたで」
後ろの方では小春や銀、手伝いにきたみつきが棚の上を片付けている。
良かった…と小さく呟けば、白石は意外なことを口にした。
「椿のおかげやで」
ありがとうな、と言って笑う白石の表情に相変わらず胸がぎゅっと締め付けられる。
「3年間、ほんま楽しかったなあ…」
賞状が入っている額縁をなぞりながら独り言ちた。
「もう3年、あるやろ?」
いつか白石の試合見れるの楽しみにしてんで。
その言葉は飲み込んで、「それもそうやね」と返した。

「楽しんだもん勝ちやで」そう微笑みかけてきた白石に私は上手く笑えていただろうか。




高校生になって1週間。
自分が中学生の時はあれだけ大人びて見えていた高校生なのに、いざ自分が高校に入っても何かが変わった実感はない。こんなもんか。
3年前のあの日、初めて椿を見かけた公園に来ても、4月も半ばに差し掛かればもう桜は一片も残っていない。乾いた土で覆われているだけの無機質な地面だ。当然、桜の木の下にも人影はない。





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