6years | ナノ



JH3 冬_


【土曜の午後】

「あーーーーやっと試験終わったな!これでうちらの中学3年間の試験が終わったんやで!」
試験最終日は午前放課のためみつきと一緒に試験の打ち上げを決行するのがこの3年間のお決まりだった。定番ルートは梅田にある安いイタリアンでパスタランチを食べてから、近くのカフェでダラダラするコースだ。
「何言うてんねん、年明けに学年末があるやろ。」
「せやけど、一番大事なのは今回の期末までやろ?」
はー終わった終わった、と言いながら頼んだフラペチーノのクリームを掬うみつき。
「世間の同級生たちは可哀想やなあ。こっから受験やろ?」
クリーム、口の周りについてんで。
「せやなあ」
「椿?どないしたん?」
「うーん。実はな」
自分が四天宝寺の高等部には進学しないこと、親の仕事の関係で関東に引っ越すことが決まっていること、それに伴って神奈川の高校を受験することを打ち明けた。住むのは東京になるが、志望校は神奈川にある学校だった。
「もう高校生やからな、寮とか入ってこっち残るってのも案にはあったんやけど…」
「寮生活って、しんどそうやない?椿が遠く行っちゃうのは寂しいけど、でも東京やったら新幹線で1本やし、むっちゃ楽しそうやん」
「…うん」
そこからみつきはネットで東京や横浜の色々なお店を調べ始めて、今度一緒に行きたいねなんて言い合いながら小さなテーブルの上で1台のスマホを挟んで話し続けた。私の地図アプリには行きたいお店のピンが沢山溜まっていった。色々下見しておかなあかんな。
「…部長にはもう言ってあるん?」
ふいに聞かれて、言葉に詰まってしまう。このことは今日みつきに言ったのが初めてだった。
「言わへんよ」
そう答えると目の前の親友は納得のいかない表情を浮かべていた。理由を聞いてくるから私は去年の冬の出来事を話すことにした。
「私な、白石に振られてんねん。しかも1年前」
言葉にならない驚きの悲鳴をあげる彼女に、声大きすぎ、と注意する。
「まあ、そういうことや」
ハイ、この話は終了!と言って無理やり話題を変えた。
東京に行けば忘れられるんじゃないかって期待してることは誰にも言えない。
この1年間白石が私のことなんか見向きもしないのを分かっていても、彼の一挙一動を意識して勝手にドキドキするのが嫌だった。
これ以上振り回されたくないと思ったし、心を乱されるのにも疲れた。
全部私一人で勝手にやってることで白石は何も悪くないっていうのを分かっているからこそ、たちが悪い。
私からしたら全部白石のせいなのに、実のところ本人はなにも悪くないのだ。


年が明け受験も近づいてきて私は受験勉強に忙しく、財前と出かける頻度もぐっと減った。
3年が部活を引退した後も男テニがオフの日は時々ファミレスに行って喋っていたのに。
出かける時は大抵財前の方から声を掛けてきた。
大体昼休みまでには[今日は部活オフっす]と連絡が来る。私も何も用事がなければ、「りょーかい」と返すだけでそれ以外は何も言わず放課後に駅前のファミレスの店内で合流した。
寒い土曜の朝、勉強机に向かう気も起きずベッドでゴロゴロしながら何となくあの後輩がどうしてるか気になって連絡をしてみた。
[最近どう?]
なんて漠然とした質問をすれば、普通っす、と返ってくるだけ。まあそんなもんだろう。
[久しぶりに行きません?][勉強ちょっと教えて欲しいんすけど]
間髪入れずに送られてきたメッセージに少し驚く。
その後はいつも通りスムーズで、13時に集合ということが決まった。いつもと違うのは行き先があのファミレスではなくて財前の家だということ。

「お邪魔しまーす」
持ってきた手土産を財前のお母さんに渡してから部屋に通してもらう。
意外と色々物がある部屋なんだなーと思いながら眺めてると部屋の主に「あんまジロジロ見んといてください」と怒られてしまった。
デスクの上には英語の教科書と参考書が広げられているのを見つけた。
「何、英語が分からへんの?」
そう聞けば財前は表情1つ変えずに、「いや、別に困ってる教科はないっす」と答えた。
「は?」
「だから、松枝先輩も自分の勉強進めてくれて構わないっすよ」
床で申し訳ないっすけど、と言って財前は畳んであったローテーブルを出してくれた。
「いや、財前に勉強教えるんちゃうの?」
と聞けば、分かんないとこ出てきたら聞きますんで、とだけ言って自分の勉強道具をデスクからローテーブルに移してきた。
「ってか何、財前もこっちでやんの?」
「こっちのが近くて質問しやすいんで」
「せっかくデスクあるんやからそっち使えばええやろ」
「俺、床でも平気なんで別に大丈夫っす」
なんていう意味のほとんどない会話をしていると財前のお母さんが先ほど私が渡したおやつと飲み物を運んできてくれたので、2人でローテーブルを挟むようにして勉強会が開始した。
2人とも集中して互いの勉強に打ち込み、淡々と時間が過ぎていった。
時々財前から質問が出て、少し説明をすると彼はすぐに理解して互いにまた自分の勉強に戻る、ということを何度か繰り返した。
2時間ほど経過して、少し休憩したくなった私は一旦参考書を閉じてスマホを開き、何となくSNSを眺めていた。
「休憩っすか?」
「うん」
「じゃあ、俺も」
と言いながら立ち上がって、大きく伸びをしている。その姿を見てふと思ったことを口にしてみた。
「なあ財前、背伸びた?」
怪訝そうな顔をしてこっちをみる財前と目が合う。
「少し、大きくなったような気すんねんけど」
「まだまだ伸びてもらわな困ります」
その一言に思わず笑いを溢すと、鋭い視線で睨みつけられたのでごめんごめんと謝っておいた。
身長のこと気にしてるとか、可愛いとこあるやん。

少し外の空気が欲しくなって、窓を開けていいか聞いたら「どーぞ」と言うので、私も立ち上がって一回伸びをしてから窓枠へ向かった。
窓を少し開けて外の冷たい風を浴びると頭がスッキリする気がする。
「あんな、」
なんとなく、この後輩には知っておいて欲しいと思った。
私、東京引っ越すねん。と言った時の彼の顔は今まで見たことないくらい目を見開いていた。
でもすぐにいつもの財前に戻って、「へえ」とだけ言うとまた床に座ってテーブルに向かい始めた。
私も窓を閉めて、床に戻り、参考書を開いた。
「松枝先輩」
「ん?」
無言で参考書と向き合っていたら突然呼ばれたので、また質問かと思って財前を見ると、彼は問題集を見つめたまま顔を上げない。私も再びペンを走らせる。
「東京。」
「うん?」
「ときたま逢いに行ってもええですか」
あまりにも唐突すぎて今度は私がさっきの財前みたいな顔になってたと思う。驚いてもう一度財前の方を見ると彼は相変わらず英語の問題を解いている。
「…ええで、いつでもおいで」
そういうと財前が少し笑ったような気がしたから、私はまた参考書に向き合い始めた。

夕方、日も暮れ始めたので帰り支度をしていると財前もコートを羽織り始めたので、玄関までで良いと止めたら、犬の散歩もあるんでついでっすと言って結局最寄りの駅まで送ってくれた。
財前の家で飼っている黒柴は財前に懐いているみたいで、歩きながらチラチラと財前を見上げる姿がいじらしかった。
「財前が散歩係なん?」と聞けば、部活がなく早く家に帰った日は大抵財前が散歩に連れていくこと、休みの日の朝はジョギングも兼ねて散歩に出ていることを教えてくれた。
私たちの周りをちょろちょろ歩きながら道すがら落ちている色々なものに興味を示している。何かを口に含もうとすればリードを軽く引いて「こら、あかんで」と言う財前の姿が少し新鮮だった。
曲がり角を曲がればすぐに駅があるところまで差し掛かって、私はここまでで良いと告げると財前も「じゃあ」と言って立ち止った。
こちらに向かい合って「今日はありがとうございました」なんて畏まったことをいう財前が少し面白くて笑ってしまう。
「こちらこそ、久しぶりに集中できた。ありがとうね」
じゃ、またね、屈んで財前家のわんこにも挨拶をして駅に向かおうとすれば、財前に呼び止められた。

「松枝先輩」

両腕を軽く掴まれてほんの一瞬だけのキスをされた。
財前は「ほら、行くで」とわんこに声を掛けて、来た道を戻って行った。わんこと一緒に歩く後輩の後ろ姿をしばらく黙って見つめてから、私も駅へ向かう角を曲がることにした。





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