短編 | ナノ



不平等_


 30代に差し掛かって数年。高校時代いつも一緒にいた人たちは続々と結婚して、今日は日吉くんの結婚式。予想通りといえば予想通りだけど、式は神前式だったらしい。今更私は着る機会がないから白無垢ってちょっと羨ましい。
 忍足情報によれば、新婦の子は勤め先で出会った子で、出会ってから1年後に交際を開始して、3年間付き合って、1年間同棲してから結婚と言うルートらしい。その堅実さがいかにも日吉くんと言う感じがして誰もが納得した。私たちは挙式後に開催される、仲間内の二次会から参加することになっていたから、生憎和装の日吉くんを見る事は叶わなかったけど。きっと似合っていたに違いない。あとでこっそり写真を見せてもらおう。きっと皆がいるところでは見せてくれないだろうから。
 そして日吉くんの結婚により、高校時代に連んでいたメンツの中での独身者は遂に景吾くんのみになった。
 
 新郎新婦のこれまでの軌跡を辿るスライドショーや、新婦の友人たちによる楽器の演奏など、あるあるの一連の流れ。こういうテンプレートの流れが用意されている「式典」はどうしても苦手だ。司会のわざとらしいくらいに明るい声と、ゲストたちの少しオーバーなリアクション、新郎新婦のプライベートを曝け出すようなエピソードや写真の数々。結婚式やそれに近しいイベントに何度参加してもこの空気にムズムズしてしまう。
 その空間の中にいつまでも馴染めない私はしばらくの間、会場を抜け出そうとそっと人の輪を外れた。
 会場を離れても行く場所は特にないし、ホテルに併設されている庭園に出て時間を潰すくらいしかやる事はない。ホテルの利用客以外にも一般開放されている庭園は散歩に来る人が意外と多い。
 今も会場ではプログラム通り催しが進められているのかな。空調の効いた会場とは打って変わって、じめっとした空気が夏の香りを増幅させて、センチメンタルな気分を引き起こす。
 皆が新しいカップルを囲んで、思い出話に花を咲かせて、未来の計画に希望を見出す。そんな輪から外れてる自分の立ち位置が虚しいけど、普段の自分の生活とまるでリンクしていて笑えてくる。後ろから近づいてくる足音もどうせ自分には関係のないものだろうと思って振り返りもせずに、庭園の小さな池とライトアップを意味もなく見つめて時間をやり過ごす。
 そんな私の考えとは裏腹に、その足音は私の真隣で止まって、あろうことか私の名前を呼んできた。それはとても懐かしい響きがして、一層ノスタルジックな気持ちを沸き立たせる。

「久しぶりだな」

「景吾くん。どうしたの?」

「どうしたのじゃねえ。お前が会場出るところが見えたから来たんだよ」

「そうなの?それにしても、景吾くんに会うのいつぶりだろう?」

「忍足が結婚した時だから、2年くらいじゃねえか」

「うわー、よく覚えてるね。誰かが結婚するたびにこうしてみんな集まってるよね」

「お前、あの時も披露宴では外に出てただろ」

「そうだっけ?」

「そうだ。きっと今回も抜け出すんじゃねえかと思ってな」

「なに、それで監視してたの?」

「人聞き悪いこと言うんじゃねえ。お前が心配で見にきただけだ」

「心配ねえ。あ、そういえば景吾くん」

「あ?」

「覚えてる?高校最後の夏、皆と一緒に夏祭り行ったの」

「ああ、お前が牡丹の浴衣着てたやつだろ」

「そんなのよく覚えてたね」

「白地に黄色だった。帯は確か深緑。お前によく似合ってたぜ」

 私が着ていた浴衣の柄を覚えてるなんて、ずるい。
 あの時は「馬子にも衣装だな」なんて偉そうに鼻を鳴らしていたくせに、今更「似合ってた」なんて、ずるい。

「もうこの年じゃあんな柄着れないや」

「かもな」

 ちょっと悪戯っぽく笑った顔が色気を含んでいて、そう言うところが人を惹きつける所以なんだろうな。人前に出る時の感じとは少し違う、隙のある表情が相手の心を解かせるんだ。意識的にやってるのか無意識なのかは分からないけれど、意識的なのだとすれば相当な策士だし、無意識なのだとすればこれはただの危険人物だ。どちらにせよ、景吾くんはこういうちょっとした素振りが一々魅力的で、ちょっとだけ羨ましい。

「ちょっと…!」

「でもあの時は着れなかったデザインを今着ればいいだけじゃねーか」

「大人の女、的な?」

「はっ、笑わせるぜ。お前が大人の女か」

「時間は誰にだって平等に流れているんだよ、景吾くん?」

 私たちは確かに、あの高校生の夏から、同じだけの時間を過ごして今にたどり着いているはずなのに。
 どうしてか、自分だけがある一つの地点にずっと取り残されているような気がして、景吾くんを含む私の周りの人たちが皆どんどん私を置いて先に進んでいってしまうように感じる。
 
「何が言いたい」

「なんでも?そういえば景吾くんはあの時ジーパンに白シャツだったよね」

「んなこと、一々覚えてねえな」

「そう?私は覚えてるよ。初めて見た景吾くんの私服。あの時は景吾くんにも浴衣着てほしかったなーって思ってた。だってきっと似合うもの。かっこいいに決まってる」

「当たり前だ」

「まあラフな格好も決まってたんだけどね」

 こうして確かに時間を共有していた昔の話をすることで、私も確かに皆と同じ時間を過して、皆と同じように前進していることを確認したくなる。景吾くんが相変わらず偉そうで自信家なところは何も変わってないのに、私たちの間に流れている曖昧な空気は二人が会っていなかった数年の時間を確実に感じさせる。
 昔はお互いもっと遠慮がなかったし、なんとなく、言葉以上に通じるものがあったような気がする。それが居心地よかった。でも今の私たちはどことなくぎこちなさが隠しきれていなくて、感じる必要もない引け目を互いに感じているのがありありと解ってしまう。 

「いやー、今日も暑いね。もう夜なのに全然風が気持ち良くない」

「あ?猛暑日だってニュースで言ってただろ」

「そうだっけ?やっぱこれって、温暖化だよね」

 人間の記憶は、外的な刺激によって呼び起こされるというのはあながち間違いでもないらしい。暑くてジメジメした空気と昔と変わっていない景吾くんの香りはあの日の夜を否が応でも思い出させる。
 あの日、私は景吾くんに告白する覚悟を決めて外に出ていた。高校3年の夏、青春の恋を終わらせるには打ってつけの日だと思ったから。でも18歳の私は結局好きの一言も言えずに、家に帰ってきてしまったのだけれど。

「覚えてる?あの日もすごい暑かったよね」

「ああ、そうだったな。お前が暑い暑い騒いでてうるさかった」

「だって女物の浴衣って結構暑いんだよ?景吾くん知らないでしょ」

「でもお前と一緒に浴衣で来てたアイツはそんなに騒いでなかったじゃねえか」

 あーそうだったっけ。そう言うところがやっぱり私は足りてなかったんだろうな。でもだからこそ景吾くんと仲良くなれたのもあると思うから、何もかもがマイナスに働いていたわけじゃないはず。ただ、仲良し以上になれなかったってだけだし。それは何よりも自分に勇気が足りてなかったせいだったから。
 私には足りてないものばかりだ。勇気も、女としての魅力も、彼の結婚を祝福する人並みの素直な心も。

「…景吾くん」

「あ?」

「景吾くんも結婚するんだってね」

「誰に聞いた」

「誰っていうか。まあ強いて言うとすれば、ウェブニュースのライターの人?」

「ああ、ネットか」

「そりゃ、あなた有名人ですから。全国ニュースですよ」

「そろそろだと思ってな。まあ、まだ籍は入れてねえが」

「いや、そろそろっていうか。むしろ遅かったくらいじゃない?」

「まあ身内にはこれまで色々言われてきたかもな」

「あー、想像できる。できるっていうか、私にはわからない世界だけど、なんとなくそんな感じがする。だってさ、絶対景吾くんが私たちの中で一番早いと思ってたもん。そしたらまさかの一番最後」

「お前らが早すぎるんだよ。特にお前が」

「まあさ、それは仕方ないじゃん。色々あるんだよ」

「ったく、何が仕方ないんだよ。それより、お前んとこは上手くやってるのか?」

「んー、まあ特に問題もなく平和にやってるよ」

「そうか。子供は?」

「いないよ。多分、この後も作らないかな。今のままでうちは充分」

「へえ、意外だな。昔はあんなに子供が欲しいって騒いでたじゃねえの」

「ねえねえ、景吾くん」

「んだよ」

「私さ、高校生の時、将来は景吾くんと結婚したいと思ってたんだよね」

「は?」

「子供が欲しいってのも、別に誰でもいいわけじゃなくてさ。そんなの好きな人の子が良いに決まってんじゃん」

「だったらお前、もう少し分かり易くしろってんだよ」

「なに、あの時の私がもっと分かり易くしてたら、今、私の側にいるのは景吾くんだったの?」

「それは…。お前がそれを望むなら、そうしてたに決まってんだろ」

「そっかー…そうなのかー…。今でもちょっとだけ羨ましいなーって思う。景吾くんの奥さんになる人」

「羨ましいって、なにもお前だったら…」

「んー、やっと言えてすっきりしたー。随分温め過ぎちゃったよ」

 時間は平等に過ぎているはずなのに、式を挙げたばかりの日吉くんや、こうして隣に立っている景吾くんを見ていると、同じ時間を経た結果があまりにも不平等に思えて目の前の景色から目を背けたくなったから。私はこれまでの時間を無駄にしてきたんじゃないだろうかという、焦っても悔やんでもどうしようもない思いが沸々と湧いてきて、その感情をどう処理すればいいのか分からなくなった。
 だからせめて、景吾くんが一生この日のことを忘れなければいいと思った。今までずっとただの女友達だと思ってた奴が、実はそうじゃなかったことを知ればいいと思ったし、その女友達は今でも君たちが後ろに置いてきた高校時代に取り残されたままだってことを少しでも感じてくれれば尚良い。
 君たちが時の流れと共に変化していくのに対して、その変化を受け入れられていない人間が一人でもいることを感じればいいんだ。

「ほら、忍足んとこ行こ。アイツ、きっと今頃会場で一人取り残されてるよ」
 
 早く助けてあげようよ、そう言って披露宴の司会者と同じくらい明るい声を努めて作った。これで一つの区切りと言わんばかりに、この話はこれ以上なし、という空気を一方的に作り上げるためにそうした。
 未だに池のほとりに取り残されてる景吾くんを振り返って、心臓が止まるかと思った。
 戸惑いや驚きや言葉にできない色んな感情が混ざり合った表情で私の方を見ている景吾くんがほんの少しだけ涙目に見えた。それはもしかしたら夕方の薄暗闇のせいかも知れないけれど、そんな彼の顔を見て漸く私も前に進めるような気がした。 

「景吾くん。君にそんな顔似合わないよ」

 そう明るい声を出しながら彼の腕を引く自分の顔には抑えきれない感情が溢れていた。





▽この女は一体なにがしたいんでしょうか…。景吾くんって呼びたかっただけ。
景吾くん、本気出してこの子を救ってあげてほしい。
最後のところは笑顔か涙か、どんな気持ちを溢れさせてこの子は会場に戻るのかな。



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