短編 | ナノ



昔の男_


すごい今更かもしれないけど、良い?

そう切り出した彼は清々しかった。
「良い?」なんてお伺いはとりあえずの儀礼みたいなもんで、彼は間髪入れずにその先を続けた。

「実は俺さ。お前と別れてから、新しい彼女もできたりしたけど。やっぱりダメだったんだよね」

「どういうこと」

「お前が忘れられなかったって意味だよ」

そこまで言わなきゃ分からなかった?なんて笑うのは狡い。
なんなんだこの人は。
私だって忘れられなかったのに。今の今になっても忘れられないでいるけれど、でももう私たちが一緒にいることは叶わないことも知っていたから、今の彼氏の側にいることを選んだというのに。

(もう二度とあの人のことは求めない、追わない、私はこの人と共に生きる)
3年かかってようやく腹を括った私の覚悟を、たった一言でいとも簡単に揺るがしてしまうなんて。狡過ぎるし、自分勝手すぎる。そんなの最後まで隠し通すべきだ。この男の、この発言は甚だ無神経で、これを看過してはならないのだ。

だって、

「精市だって今付き合ってる子いるでしょ」

「誰から聞いたの」

「風のうわさで…」

風のうわさというか、風に乗って丸井とジャッカルの大きすぎる声が届いただけだけれども。ついさっきの同窓会で。

「そう…。それでさ、俺の中の一番はどうしてもお前らしいよ」

「そんなこと、私に言われても、」

「困る?」

そんな顔しながら笑うなんて、狡い。
手を伸ばせば届く場所にいるのに、決して伸ばしてはいけないなんて。

もう二度と手が届かないと思っていたからこそ何とか諦めることができたのに、今更そんなこと。私にどうにかできるわけないじゃないか。

「うん。すごくね」

そう答えた時の私の顔は心底諦め切った顔をしていたんじゃないだろうか。

自分で自分の顔を見たわけではないから分からないけれども、世の中には自分の目で確認しなくても分かることだってあるのだ。
必死に口角を上げて顔中に笑顔を張り付けてみても、内から湧き出る諦観は隠しきれていなかったような気がする。私の身体を構成する細胞という細胞のすべてが目の前の男に白旗を挙げていた。

この人に抗えるはずがない。

それは、そんな類の諦めだった。




たぶん続く


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