siesta_
「景吾くん」
「あ?」
てっきりソファで昼寝でもしていると思っていたから、突然名前を呼ばれて随分と間抜けな声が出たと思う。
それに、
「初めて人を好きになったのって何歳の時?」
こんな突拍子もない質問を突然ぶち込んでくるこいつの思考回路は何年一緒にいても読めない。
その質問の答えは何が正解なのか頭をフル回転させながら、焦りを悟られまいと手元のタブレットで表示していた経済誌の表題を目で追う振りをした。
アメリカのストックマーケットの話も、M&Aの話も、あいつが今俺に向けているであろう好奇の視線を前にすると何もかもが安直でチープな話にすら感じられる。
手元から視線を移すと、ソファに横になって、だらしなく片腕を下に垂らしたままの姿勢で俺の方を真っ直ぐ見つめてくる黒目がちな瞳と目が合った。
「ふん、突然何を言い出すかと思えば。くだらねーな」
あいつが求めてる答えが俺には見えない。
「初恋は下らなくなんかないよ」
だからと言って、こいつは別に俺の昔の話を本気で聞きたいわけでもないだろう。
俺が妙な話をでっち上げても、どうせそんな嘘は直ぐにバレる。
「俺にとっちゃ今と未来がすべてだ。昔のことなんか一々覚えちゃいねえ」
ダイニングテーブルを離れて、あいつが寝転んでるソファまで5歩。
俺が一歩一歩進むのを、目を逸らさずじっと見つめている。
わざわざ起き上がって俺に場所を譲るつもりはないらしい。
仕方なく俺が床に座り込んで視線を合わせてやれば、まるで「しょーがないな」と言わんばかりの顔で笑われた。
だらしなく床に落ちていたその手を拾い上げると、やる気なく俺の指先を弄び始めた。
まるで手持ち無沙汰の時に毛先を弄るのと同じような手付きだ。
「でも、その“今の景吾くん”を作り上げたのは、昔、どこかで、だれかに、恋をした景吾くんでしょ」
今日のこいつは少ししつこい。
「さあな」
探るような視線を振り切るために、俺の指に雑にまとわりついている華奢な指を全部ひっくるめて俺の手の中に収めて、手の甲に唇を落とした。
「ずるい」
ふてくされるように俺に背中を向けてソファに顔を埋めたこいつの小さな背中を丸ごと包み込んで、狭いソファに二人で並んで午後の光を浴びた。
▽きっと何か夢を見た女の子と、彼女の漠然とした不安もすべて包み込んでくれる跡部
[ 17/68 ][old] [new]
[list]
site top