短編 | ナノ



後悔_

「試し行動」

それは幼い子供が親の愛情を試そうとして、わざと困らせること。

やってはいけないこと、それをやると大人が困ることを理解したうえで、それでも目の前の大人は自分を見放しやしないか、それでもこの大人は自分に誠心誠意接してくれるか、それを試す。
子供が大人の愛を推し量る時の行動。

きっと私のあれも、試し行動の一種だったのかもしれない。


光が初めてできた彼氏だったから、その時の私には恋人と別れるということがどういうことなのか想像が付かなかった。

だからあまり先の事は考えずに、とりあえず未知を知るために言ってみただけのこと。

「別れよう」

私が告げた時、まるで信じられないというような顔をして、泣きそうな声で引き留めてきた彼の反応は私を予想以上に満足させた。

そして半泣きで私を引き留めようとする光を拒絶することで、私はより一層満足感を覚えた。

この人が私を求めている。

私が他人から求められている。

その感覚が堪らなく幸福をもたらした。

そしてその時になってようやく気付いた。
私はただ光に求められたかっただけなんだろう。
突き放そうとすることで、光の愛を試そうとした。

そして加減の分からない私のそれは「試し」では終わらず、本当に実行してしまった。
光との繋がりが途切れてしまった私には、ただ虚しさだけが残った。

あの時、私を引き留めた光の言葉がもたらした満足感なんて一瞬で消えてしまう。

それでも私はまだ時々、光が私を求めている、ということを確かめてはたった一瞬の幸せを手にする。

人づてに聞く噂。

遠巻きに聞こえてくる光の声。

「好きなやつおるから」

「忘れられへんやつがおんねん」

まるで麻薬中毒者みたいだった。

一瞬の快楽を求めて、自分を痛めつける。

まだ彼が私のことを好きだということだけが私を安堵させた。

一瞬の快楽が去ったあとは、孤独や虚無感だけが残る。
だからまたその幸せを求めて彷徨う。

まるで終わりのない螺旋のように続くサイクルだった。

たった一度だけ。それが取り返しのつかないことに繋がる。

薬物の注意喚起をする時によく聞く文句の通りだった。

[久しぶりに飲みにでも行かへん?]

光はまだ私のことが好きだから、断るわけがない。

その時の私がそう思っていたわけではない。

どちらかと言えば、何も考えていなかった。

ただ、また話したいと思ったし、前みたいに連絡を取り合いたいと思っただけ。

でもきっと、今思えばあの時の私は内心「断られるわけがない」と高を括っていた。

実際光は断らなかった。

[ええで。いつどこにする]

妙にさっぱりとした返信に何となく違和感を覚えつつ、久しぶりの連絡に私はまた幸福を感じていた。その高揚感が思考を鈍らせて、見えるはずのものも見えなくしてしまう。

付き合っていた頃は行ったことがなかったようなクラフトビールのお店で、小さいテーブルを囲みながら遠い外国のお酒を飲んで一緒にオリーブを摘まんだ。

久しぶりに顔を合わせて話すのに、全然久しぶりの感じがしなくてすごく楽しかった。
たわいもない話をして、お酒を飲んで、冗談を言い合った。

私もよく笑ったし、光も前と変わらず笑っていた。

「おまえ、あほなんちゃう?」

そんな風に言いながら、彼は声を出して笑う。私をその瞳に映して笑っている。

それは付き合っていた時と何も変わらない景色。

だから私は一瞬錯覚していた。

実は私たちはまだ別れてないのかもしれない。


「そういや、俺」

「なに?」

「いや、なんもないわ」

「なんやそれ、言うてや」

「や、最近、新しい彼女できたってだけや」

「え、まじ?やば、いつ?」

心臓が止まるかと思った。

多分0.2秒くらいは本当に止まってたんじゃないかと思う。

それでも、なんとか平然を装って無難なことを聞いてみた。

「2週間前」

「へー、ええやん」

「お前は?」

「何が」

「彼氏、出来へんの?」

「んー、おらん、かも?」

「ふーん」

光はそれ以上追求してこなかった。

きっとあまり深追いしない方がいいんだと気付いたのかもしれない。

「今日は結構楽しかったわ」

「うん、私も。久しぶりに話せてよかった」

「また気向いたら誘ってや」

「んー、そのうちな」

私の気なんていつだって光に向いてるし、なんなら神妙な面持ちで「そういや」、彼がそう切り出した時に、もしかしたらやり直せるチャンスがやってきたのかもしれないと思ったくらいなんだ。

ちょっとした行動がこんなにも自分の首を締めて、抜け出せない螺旋に落ちていくなんて。

この負のスパイラルをどうにかして断ち切りたくて、光と別れた直後、一人きりの満員電車に揺られながら送った。
「実は私まだ光のこと好きやったで」

短いメッセージの後に送った、ちょっとおどけた顔をしたキャラクターのスタンプ。

きっとこれもまた私の悪い癖。

光の反応を試している。

そしてまた一瞬の充足を得れることを期待して待つ。

[お前言うの遅いわ]

間髪入れずに返ってきたメッセージ。

[ちゃんと今度は素直になって幸せになるんやで]

私がさっき送ったばかりのキャラクターがふざけた顔をして私を見つめてくる。

私が立っている目の前の座席で手を繋ぎながら眠っているカップルが恨めしかった。





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