渡り鳥_
「あの子たちは一生ここで過ごすのかな」
「誰のこと?」
「ほら、あの子たち」
僕たちが日曜の夕方に散歩していた大きな池のある公園。
木陰のベンチに座って池を眺めていた時に彼女がぽつりと口にした言葉が印象的だった。
彼女の視線の先には水面を漂う鴨。
2羽が連れ添うみたいにして浮かんでいる。
「鴨は留鳥って言われるくらいだし、きっとずっとここにいるんじゃないかな」
「そっか。じゃあ、あの子たちにとってはこの池が世界のすべてなんだね」
目を細めて池に浮かんでいる鴨を見つめる彼女。
その時の僕は、彼女が鴨の生涯を憂いているものだと思っていたけれど、きっとそうじゃなかったんだと思う。
むしろ、彼女は彼らを羨んでいたんじゃないか、今になってそう思う。
池と言えど湖に近いほど広いここでは、少し目を離すと鴨たちはどこか、僕からは見えないところへ流れて行ってしまう。
僕たちの目の前にはただ広い池だけがある。
「不二は鳥に例えたら白鳥って感じ?」
「僕はそんなに優雅じゃないと思うけど」
「でも白鳥もカモ科だよ」
「ねえ、それってどういう意味」
「さあ?」
僕が軽く肘で小突くと、彼女が逃げるような素振りをしつつも嬉しそうに声を上げて笑っている。
なんとなく、水面を眺めていた彼女は哀愁漂う表情をしていたから、こうして無邪気に笑ってくれて僕はホッとする。
なのにすぐに彼女はまたさっきと同じ表情を浮かべる。僕の気も知らずに。
「不二はさ、どこかに行っちゃう?」
コロコロ表情を変える彼女を見ているのは楽しいけれど、最近よくするこの顔を見ると僕はどうしていいか途端に分からなくなる。
だから僕は無意識のうちになるべく彼女が笑顔になってくれそうな答えを選んでいる。
「僕は、ずっとここにいたいと思うよ」
「私も」
僕の隣で湖のような池を見つめる彼女が笑っているのに、その笑顔を見て僕の答えが不正解だったことを僕は直感的に思い知った。
▽恋人ではない、仲の良い友人とか幼馴染の関係。
最初は彼女がどこか遠くに引っ越してしまう世界をメインに想定していましたが、彼女の大切な人がどこかへ行ってしまったとか、近い将来行ってしまうとかいう世界だといいかもしれないと思いました。
手塚と仲が良かったとか。恋人だったとか。
まあ結局彼女自身も不二の元からいなくなるのだけど。そして過去の何気ない一幕を不二が回想している。そんな話。
タイトルの渡り鳥は女の子自身のこと。
最後の「私も」は「私もここにいたい」なのか「私も不二にはここにいて欲しいと思う」なのか。
不二が彼女を慰めるような物言いをしていることに彼女は気付いていて。
不二の言葉は嬉しいけど、誰も真実を語らないことを内心残念がっている。
そんな物憂げな女の子。
ちなみに白鳥は渡り鳥。渡り鳥はいつか戻ってくる。
不二は最初立海に行ってしまう設定があったというのを私は生涯引き摺ります。
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