短編 | ナノ



シリアルキラー_


某日大阪市内

「被害者は20代女性、死因は首吊りによる窒息死と見られています。女性の身体には他に目立った外傷はなく、揉み合った形跡も見当たらなかったことから、警察はこの事件を自殺として−−」

リモコンをモニターへ向けて、ブルーシートで囲まれたビルへ忙しなく出入りしている警察を写している映像を止めた。朝の情報番組でも既にニュースになっているらしい。

あれから10時間。
壁にかけられた時計など普段は見向きもしないのに、ここ数時間でこの3年分の仕事を果たしているんじゃないだろうか。
最近はアイツの部屋に入り浸っていたせいで時計を見るどころかこの部屋に帰ってすらいなかった。

顔を洗うために洗面台へ向かって久しぶりに立ち入った自分の部屋の脱衣所。

鏡の中に映る自分の姿を見て、何故かデジャブを感じた。

どこかで見た映像。どこかで嗅いだ匂い。

記憶に霧が掛って、全貌が見えないもどかしさ。

ーー
「−−ウくん!!、ユウくん!!ユウくん!!!」

頭に靄が掛ったように、思考がぼやけていた。

遠くから聞こえる声はどこか聞き覚えのあるもので、意識がはっきりした時には俺の両肩を痛いくらい揺さぶって必死に俺を呼んでいる小春が目の前にいた。

「小春、なんか、?」

「ユウくん!!しっかりしいや!!」

「俺…」

「ええから、はよ!これに着替えて!説明はあとでしたる!」

半ば押し付けられるように渡されたバッグを開ければ、中には新しい洋服やら小道具が詰まっていた。

「小春、これって…」

「ユウくん、時間あれへんよ!」

追い出されるようにして出た寝室から、支度をするために洗面台へ向かおうとした。

勝手知ったるアイツの部屋。

寝室を振り返ると小春が忙しなくベッドの周りを行き来している。
陰でアイツの姿は見えないけれど、ベッドの膨らみは微動だにしない。

一度頭をすっきりさせるためにも顔を洗おうとして蛇口に伸ばした手がピタと止まる。

(こういうんは、あんま触らんほうがええんか…)

変なことにばかり気が回っている自分がおかしくて、一度思考を整理するためにも小春に渡された小道具を漁りながら今一度自分の身に起こったことを振り返ろうと試みた。

今日もいつも通り稽古からアイツの部屋に帰ってきた。
時間は大体20時過ぎだった気がする。

「おーい、邪魔するでー」

毎日のようにそう声をかけて、合鍵で開けた部屋に上がり込んでは「邪魔すんなら帰ってやー」が俺たちのお決まりのやり取りだった。

しかし今日は珍しく部屋の中から返事は帰って来ず、アイツはまだ家に帰ってなかったのか、玄関から奥は真っ暗だった。

そういえば今日アイツは高校時代の同期と会うとか言っていたような気がして、特に気も留めず一通り荷物を置いてからすぐにシャワーを浴びたはず…。

洗面台の隣で扉が開け放たれたままのシャワールームを横目で確認すれば、その床は微かに濡れている。

確かに俺が使ったはずのバスタオルも洗濯機の中に放り込まれたままだ。

つまりここまでの俺の記憶は正しい。

シャワーを出て、それで、それで俺は…。

続きを思い出そうとすると急に鋭い頭痛が襲ってくる。
何でもいいからとにかく何かを掴んで意識を保っておかなければ、そのまま持っていかれそうになるほど激しい痛みに、思わず両腕で身体を強く抱きかかえながらその場にうずくまる。


「−−ウくん!!、ユウくん!!ユウくん!!!」

誰かが俺を必死に呼ぶ声で意識が浮上した。

「……!!」

「…ユウくん!!苦しすぎっ…!」

腕の中にある何かにものすごい力で押し飛ばされた。

「おまえ……!」

「ほんまなんやねん、殺す気かー!」

視界に飛び込んで来たのはベッドの膨らみの中で動かなくなっていたはずの彼女で。

「お前……なんで…?!ここで、なにしてんねん…!」

周りを見渡せば、そこは俺の部屋ではなく、ここ数か月間俺がずっと入り浸っていたアイツの部屋。
つまり、あの事件が起こった、あの部屋。

「はー??寝言は寝て言うてやほんま!」

冗談きついでー!もう二度と私のベッド貸したらんよ!!
あっ、ちゃうわ。ユウくん、まだ夢の中やったっけ??

目の前で騒ぎ立てているアイツの声が遠くに聞こえる。

あの時俺の名前を叫んでいたのは確かに小春の声やったはず……。

「なあー?ユウくんー!!聞いてんのー?!」

両肩をガシガシと揺さぶるその動きも、あの時の小春の動きと重なって、増々俺の頭は混乱していく。

「え、ああ?おう、聞いてんで。寝起きからやかましいわ」

隣に寝転ぶ彼女は俺の肩から手を離して、今度は目の前で手を振ったり首を傾げたりしている。

「こんな死にそうな思いもう勘弁やわー。あーあ、小春ちゃんやったらこんな乱暴せんのやろなー」

ニコニコしながらも俺を試すように目くばせしてくる仕草はいつも通りのアイツで、あれはもしかしたら悪い夢だったのかもしれないと俺は思い始めていた。

しかし、

「浮気か、死なすど」

いつものクセ。

いつも通りの台詞が反射的に口を吐いて出てきたのに、聞きなれないほどドスの利いたその声は、いつかどこかで聞いた俺の声に非道く似ていて、自分の身体に重くのし掛かってきた。

靄がかかったままの頭でぼんやりと遠目に見た時計は午後10時を指していた。



▽これは夢か現か。
ユウくんを呼ぶ声は小春ちゃんなのか、彼女のものなのか。
あれは夢なのか、これから起こる現実なのか、すでに起こった過去なのか。

IQ200天才金色さんが証拠をすべて隠滅してくれて、事件は自殺扱いになっているという設定。




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