短編 | ナノ



当て馬_



「…一番欲しいものを手に入れたらその後にそれを失う辛さに俺は耐えられないと思った」

精市くんの彼女=精市くんにとっての一番だと思い込んでいた私が甘かったらしい。

私こそが彼の一番だと思って浮かれていた自分が浅はかで笑いすら漏れそうなのに、実際は顔が引き攣って喉が締め付けられているせいで笑うことなんてできない。

でもそれでよかったと思う。
もし今声を漏らしてしまったら、誰にも通話を聞かれていないと思っている彼に私の存在が気付かれてしまう。

「…でも俺、今付き合ってる子がいるんだ」

「…それは、」

その後精市くんが何を話していたのかは知らない。

近い将来私は彼に捨てられる。

そう確信した後は通話の続きを聞く気も起きなかった。

なるべく物音を立てないように精市くんの部屋を出て、エレベーターの中でアプリをダウンロードした。
プロフィールには20代女、趣味は読書と美術鑑賞なんて当たり障りのない文言を記入して、精市くんに撮ってもらった私の写真をアップロード。
顔が全部映らないようにクロップして登録した。

こんなつまらない紹介文でも相手を見つけるのに時間はかからないらしい。

すぐに何人かの男の人からメッセージが届いた。

でも彼らのプロフィールを確認してもよく分からなかった。
どの人も私と同じで当たり障りのない事しか書いていなければ、顔もよく分からない。

先着の3人と適当にメッセージをやり取りして、何となく一番やりとりがスムーズだった人と会うことにした。

ここまでとんとん拍子で進むと自分がやっていることの醜さが見えずに感覚が麻痺してくる。
自分でも何もかもやけくそで勢い付いている自覚はある。

駅前で適当に待ち合わせたその人はすらっとしていて、顔がよくわからないプロフィール画像よりもカッコいいと思った。
精市くんに似ている癖っ毛が印象深い、温和そうな人。

駅から少し歩いたところにあるホテル街で適当に見つけた場所に入り、ベッドに腰掛けるとその男は私に触れるわけでもなく、雑談を始めた。

てっきりすぐ事に及ぶと思っていた私は少し拍子抜けしたが、隙間を空けずピッタリと隣に座るその男と私の脚は触れ合っている。

「よくこういうことするの?」
「ううん、はじめて」
「彼氏に浮気された?」
「…っ」
「図星だ」
「…ううん」
「そいつのこと、好きじゃなくなっちゃった?」
「ううん」
「じゃあケンカした?」
「…」
「ま、なんでもいっか」

知らない男は何も答えない私を面倒に思ったんだと思う。

そもそも端からこの人は私のことに興味なんか持ってないのに。
興味持ってるフリをして私の情報を探り出しては、セックスのスパイスにしようとしているだけだ。

いつか居酒屋で隣の席に座っていた男が大声で話していた。
「セックスはさー、ただ入れるだけよりも、相手の女の子が普段どんな子か知ってる方が興奮すんだよなー」

なんて汚いんだろう、その時はそう思った。

その男の発言に同じ卓にいた男たちが一斉に同調しては、どういう子がどうするのが良いなんて騒ぎ立てた。

気持ち悪い、その時は純粋にそう思った。

目の前に座ってた精市くんと顔を見合わせて私たちは気まずい笑みを交わした事を覚えている。
でもその夜の精市くんはいつもと違って少し手荒だった。
だからこそ私の中では、あの日隣にいた下衆な男たちがより一層印象に残っていた。

精市くんも、あの下衆な奴らとおんなじなのかな。
相手の子を知れば知るほど興奮するのかな。

開いたままのカーテンから差す街灯の青白い光に照らされた精市くん。

目を瞑って天井を仰ぎながら夢中で腰を振る彼を、ふわふわした気分で見ながらそんな事を考えていた。


ライトすら落とさず、煌々と照らされるキングサイズのベッド。

だったらいいよ、全部教えるから代わりに最高のセックスにしてよ。
「…最初からね」
「ん?」

私が話し始めたらその男は再びこっちに顔を向けて、私の顔にかかる髪の毛を触り始めた。

近い、そう思った。正直嫌だった。
これからもっと近付くのに。

「彼、最初っから私のこと好きじゃなかったみたい」
「なに?そいつがそう言ったの?」

隣にいる男はポツリポツリと告白する私の言葉を一つずつ丁寧に掬い上げては、うんうんと噛み締めてくれる。

精市くんには昔からずっと忘れられない女の子がいた。
きっとその子とは両思いだったのに、お互いの気持ちが分からないままズルズルと時間だけが過ぎて行った。
告白しようと何度も思ったけれど、失敗するのが怖かったこと、成功したとしてもいつかダメになってしまうことが不安だったこと。


傷付いた生き物を慈しむみたいに、優しく頬や頭を撫でては、とびっきりの甘い声を出して先を促す見ず知らずの男。

慰めているようなこの行動だって、全部この後に控えているセックスの為なんだと思うと馬鹿馬鹿しく思えた。

それでも今の私にとっては充分で、一度話し始めればセックスの良し悪しなんてどうでもよくて、とにかく全て打ち明けたくなった。
そして慰めて欲しかった。
とびきりの甘さで溶かして、胸の痛みも全て消して欲しかった。

「そうだったんだね、辛かったね?」

一通り話し終えた後にいよいよそいつは私のブラウスを捲って手を隙間から侵入させはじめた。

「いいよ。今はそいつのこと忘れてさ。俺だけ見ててよ」

その男の言葉に頷きながら脳裏に浮かぶのは精市くんの顔だった。

その人は行きずりの関係には相応しくないくらいに私のことを甘やかして、まるで本物の恋人同士みたいに大切にしてくれた。

二人でベッドに横たわって強く抱き締め合って身体を擦り合わせた。

それこそ、まるで精市くんとするみたいに。
全然違う人なのに。


「また辛くなったら連絡して」

事後、彼が渡してくれたプライベート用の連絡先に登録されていた名前はアプリに登録していたものと同じだった。


ーーー

あれ以降何度顔を合わせようとも、デートに行こうとも精市くんは何も切り出してこない。
それどころか、なるべく自分の部屋に私を置いておこうとしている。
時間があれば私を部屋に呼んでは泊まらせたがる。

もしかして私が精市くんを想いながらあの人に抱かれていたように、精市くんも私の知らない誰かを想いながら私を抱いているのかな、なんてことも考えた。

精市くんの真意は見えないけれど、今日もまた私は誘われるがまま精市くんのベッドに入り込んで彼の腕の中で眠る。
精市くんが求めているのがたとえ私じゃなくても、今こうして彼の隣にいるのは他でもない私だから。
心が手に入らないなら、せめて身体くらいは私の近くにいてくれればそれでいい。

それで私は満足できる。

精市くんの腕に抱かれながら私は、何故かあの日出会った見知らぬ男との甘ったるい行為を思い出していた。




▽当て馬は誰か。
幸村くんが浮気をするかと思いきや彼女がやらかしてしまう。
精市くんは今の子と別れるつもりはないし、ずっと好きだと思っていた子と想いが通じ合って、手に入りそうだって判った時、やっぱり自分が傍に置いておきたいのは彼女だって直感的に感じていたりして。でももう彼女は誤解してしまっているし、誤解を解くきっかけもない。
中々二人とも性根ひん曲がっているカップル。
アプリで出会った男、実は長く付き合っていた彼女に振られたばかりでこちらもヤケクソで出会いを求めていた寂しい男、なんていう裏設定。
決して真っ直ぐにはぶつかり合わないそれぞれの想い。





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