短編 | ナノ



first love_


「手塚もいる?」

店の外、雑に置かれた一斗缶の前に立ち、ポケットに忍ばせていたボックスから煙草を取り出そうとしていた時だった。
店から出てきた人物が、少し距離を置いたところからこちらを見ている。

壁に背を預けて腕を組んだまま黙っている彼に先に声をかけたのは私だ。

「いや、俺は遠慮する」
その場から動くことなくぶっきらぼうに応える手塚を横目にボックスから煙草を1本引き抜いて咥えた。
「プロは色々我慢しなきゃなんなくて大変だね」

カチッという音と共に現れた手元の火を口元に近づけて思いっきり息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「煙草など百害あって一利なしだろう」
私の口からモクモクと生み出されては空気の中に溶けていく煙を見ていた手塚が表情も変えずただそこに立っている。
そもそも煙草を吸わない手塚は一体何しに外へ出てきたんだろう。
手塚が久しぶりに帰国するからとせっかく中学の同級生で集まった会なのに。
こんなところで主役が油を売ってちゃこの会の趣旨が崩れかねない。

「そう思うでしょ」
「ああ」
「でもさ、吸ってない人に煙草の利なんて分かるわけないと思わない?」

まあ本当は煙草を吸って得する事なんてないけど。
仮に何か特別な事があるとすれば。
それは煙草を吸うからという理由で何故か許容されている“煙草休憩”と、肺を汚している仲間同士の“タバコミュニケーション”だろうか。
もっともその煙草休憩と、それにくっ付いてくるタバコミュニケーションほど面倒なものはないのだけれど。
せっかくの休憩中に偶然居合わせた上司の面白くもない話を一方的に聞かされる時は自分のタイミングの悪さを恨む。
そして頼むから早く燃え尽きてくれと願いながら強く、思いきり煙草を吸い込むのだ。

「じゃあ、お前には分かるのか」
「もちろん」
再び空気を大きく吸い込んで手元の煙草を燃やす。
でも決して強く燃えすぎることのないように、そっと、優しく空気を送り込む。

「では教えてもらおうか」
それまで寄りかかっていた壁から離れて、一斗缶の傍までやってきた手塚は相変わらず腕を組んだまま、にこりともしない。

「それはちょっとできないな」
だって別に利益なんてないから。
「なぜだ」
でも私は適当に理由を付けて、訝しげな顔をしている手塚に偉そうに言って聞かせる。
「私が自分の身体を日々犠牲にして漸く得た答えをそんな風に簡単に教えて貰おうとするなんて。それはちょっと虫が良すぎるよ、手塚」
我ながら無理があるとは思うけど、手塚はたった一言「なるほどな」とだけ言って、私の指先で燃え続ける煙草をじっと見ている。

「ではこれなら満足か」

人差し指と親指で挟むように私の煙草を奪って、それを一口だけ吸った手塚がいつも通りの真顔でこちらを見ている。

どうせなら私の口の中にある煙ごと吸い込んでほしかったなあ。
そんなことを考えながら、手塚から奪い返した煙草を再び口に含んで「馬鹿だなあ」と呟いた。

その言葉は煙と一緒に手塚の中に吸い込まれてしまったのだけれど。




▽タイトルは言わずもがな宇多田ヒカルの代表曲。
本文書き終わった後にふと思い出して改めて聞いてみると、なんとまあこりゃいいなということでお借りしました。
中3以降久しぶりに再会した二人。初恋の相手。
当時も何もなければこの時も何かが動き出したわけではないけれど、最初で最後のキスは煙草の味がしたようです。というお話。
手塚に「虫が良すぎるよ」って言いたかっただけです。
ちなみに「馬鹿だなあ」というのは、手塚がこうして自分の事だけを構ってくれている時点で煙草を吸うメリットが充分にあるっていうのになあという意味です。



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