真冬日_
冬の夜。
助手席のドアを開けて中に脚を踏み入れると、急に肺の中に乾燥した生暖かい空気が充満する。
座席に腰を下ろして、とりあえずコートのポケットからスマホを取り出して膝の上に置いてみる。
冷たい空気に曝され続けていた指先は真っ赤になっていて、動かそうとしてもその動きはぎこちない。
自分の身体の一部なのに。自分の思い通りに動かない。
「今日寒いね」
「真冬日らしいよ」
「どうりで」
幸村の車の中はまるで春のように温かい。
私の首に巻いてあるマフラーは繊維が冷やされていて、防寒具のくせに今となってはその存在が逆に私に身震いをさせる。
冷え切ったマフラーを外して覚束ない手付きでそれを折り畳み、スマホと同じようにそれもまた膝の上に置く。
「ふぅ」
もう一度深呼吸をして身体の中に温かい空気を取り入れてからシートベルトを着用した。
二人ともシートベルトをしたまま、正面を見つめて座っている。
路肩に止めたこの車の横をすれ違うヘッドライトが時々私たちを強く照らしては消えていく。
「幸村」
「なに?」
「なんで来てくれたの?」
こんな寒い年末の夜なんて。
「凍えてると思ったから」
「そっか」
余程の事でもない限り外になんか出たくないだろうに。
「ねえ」
「なに?」
「そっち、半ドア」
あ、ごめん
再び助手席のドアを開けるために、膝の上でマフラーを握りしめていた手をロックに伸ばそうとしたのに。
運転席のシートベルトを外した幸村の身体が目の前に伸びてきて、少しだけドアを開けて強く締める。
助手席のシートに片手を突いて助手席のドアに右腕を伸ばす幸村がすぐ目の前にいる。
このまま目の前に晒された無防備な首筋に噛み付いたら幸村はどんな反応するかな。
一瞬だけ開いた隙間から再び冷たい空気が入り込んできて、私の頬を掠めて、幸村の髪を雑になびかせた。
何事もなかったかのように運転席へと戻った彼は再びシートベルトを締めて真っ直ぐ前を見つめている。
「髪の毛」
「ん?」
視線をこちらに向けた幸村の左耳の少し後ろあたりに手を伸ばした。
「崩れちゃったよ」
ほんの少しだけひんやりとした空気を含む彼の髪の毛を軽く整えて、もう一度正面を見つめた。
この車のヘッドライトが痛いくらい一直線に電柱とその足元に広がる植え込みを照らしている。
真昼だってこんな煌々と照らされることもないだろうに。
目の前を照らす青白い光が非現実さを掻き立てている。
「冬は風が冷たいね」
何も言わず笑った幸村の指先が手元のレバーを操作したと同時に、方向指示器の橙色がコンクリートの柱を規則的に照らした。
▽恋人ではない二人。
1年以上ぶりになんとなく連絡してみて、何故か繋がってしまった。
そんな感じ。
この車はどこへ行くんでしょう。
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