短編 | ナノ



7つ目


「なんかお前、そのうち俺より開いてそうやな」

そんな彼の言葉に当時は「そんな馬鹿な」そう思っていた。

あれから光は私の言った通り、左に3つ、右に2つの穴を作った。

私が彼の耳に穴を開けたのだ。

彼が私にそうしたように。

「なあ、これでやってくれへん?」
朝早い時間にやってきた光は3本のニードルと消毒液やらのセットが入った袋を私の机の上に無造作に置いた。
袋の中身を確認してすぐに何のことか理解した私は彼と目配せをしてニヤッと笑ってから頷いて見せたのだった。

言葉を交わさなくとも通じ合えた最初の瞬間だった。

悪巧みを計画するような高揚感。
その日の放課後、再び誰もいない教室で実行された計画。

ニードルで彼の綺麗な耳たぶを突き刺してあげた。

光に新しい傷をつけたその日、私たちは付き合い始めた。

完成したピアスホールをみて「悪ないな」と言った彼は満足そうにしていて、私も満足だった。

数ヶ月後に私も光の真似をした。
自分で用意した3本のニードルを光の机の上に置いて、二人で顔を見合わせてニヤッと笑った。

「おんなじやな」
慣れた手つきで新しい穴を作った彼は、私の耳元を眺めてそう笑った。
そんな彼を見て私も笑って見せた。
「お揃いやね」

その時の私たちは二人とも両耳に5個ずつ穴を持っていた。

我ながら上手くいっていたと思う。
同じクラスの私たちは教室内では前と変わらずあまり会話を交わさない。
でも放課後の教室では他の誰にも話さないような話をした。
そして最終下校時間になったら二人で校門を出て、そこから手を繋いで一緒に帰る。
時には休日も一緒に出かけた。

時々互いの耳を確認し合って、自分じゃ見れない傷の状態を教え合った。

誕生日には新しいピアスを送りあった。

とにかく私たち二人を繋ぐのは互いの耳飾りだった。

アクセサリーの数は不安の数?

そんな馬鹿な。

私たちはこのアクセサリーでこそ繋がり合えて、幸せを手に入れることができたのに。

だから、この新しい傷だって。
不安だから増えたわけじゃない。

光がこの傷に気が付いたら。

これまで光しか傷つけたことのない私の耳に、彼以外の人間が付けた傷を認めてくれたら。

そんな賭けを一人でしてみた。

「光、何飲む?」
「カフェオレ」
「食べ物は?」
「俺はええわ」

あの日、いつか俺よりも開いてそうと言った彼は正しかった。

半月前、自分で用意した針を使って自分でやった。

そして私の耳に開く穴の数は光のものよりも2つ増えた。
今度は左の耳たぶよりも少し上の方、軟骨がある部分。
骨があるところに開けるのはいつもより痛かったけど、その分傷への愛おしさも強かった。

1ヶ月ぶりのデートでもし光がそれに気がついてくれたら、私はまだ頑張れる。

「悪くないと思うで」って。
あの時みたいに言ってくれたら、私たちはまだまだ大丈夫。

でも実際はそんなに上手くいかない。

「あのさ」

そう切り出した光。

テーブルの上に置かれたカフェオレは半分も減っていない。

グラスには水滴が沢山付いていて、そっと垂れては安い紙製のコースターにシミを作る。

続く言葉は何を切り出すんだろう。

「俺たち、そろそろちゃう?」

その言葉に格別驚きもしない。
それどころか、やっぱりなとすら思った。
だから素直にそう口にした。

「やっぱ、そうだよね」
「結構楽しかったで、お前とおんの」
「うん、私も。光と一緒だと楽しかったわ」

視線を絡ませてぎこちなく笑う。
光がグラスを手に取ると、外側に付いた水滴が一気に滴り落ちて、彼の履いている黒のズボンにぽたぽたと垂れた。
ストローを啜れば、グラス内のカフェオレが一気に嵩を減らしていく。
机上にセットされた紙ナプキンを取って手渡すと、彼はそれを受け取ってそのままズボンを軽く拭いている。
半分以下まで中身が減ったグラスをテーブルに置いた彼が、「あかん、むっちゃ濡れたわ」と言いながら真剣にズボンを叩き続ける。
「まあ黒やし、目立たないからええんちゃう?すぐ乾くやろ」
「まあな。お前もそれ飲むとき気ぃ付けた方がええで」
「うん」
別れ話というのはもっと殺伐としたものだと思っていた。

本題が済んだ後は割といつも通りだった気がする。
なんだったら、ここ数か月のぎこちない状況よりも自然に会話が進んだ。
ここ最近どうしてたとか、今後の進路をどうするとか、そんな話。
そろそろ別れるのかもしれない、そんな疑念を互いに抱きながら曖昧に過ごすよりも、いっそ別れることが決まってからの方が話やすいものなのだろうか。

互いのグラスの中身が空になる頃には、つい数十分前に別れ話を終えたカップルとは思えないほど夢中で話し込んでいた。

「…じゃあ、行くか」
ドリンクがなくなればここに居座り続ける理由もない。
「せやね」
互いに少しだけ後ろ髪を引かれる思いを残して席を立つ。
伝票をレジへ持っていこうと手を伸ばせば、光の指先が先にその紙を取っていく。
「俺に払わせて」

今まで二人で出かける時だって必ずいつも自分の分は自分で払っていたのに、こんな時ばっかり。
光が一体どういうつもりなのかは分からないけれど、彼なりのけじめみたいなもんなんだろうか。
有無を言わせないその口調に「ごちそうさまです」とだけ返す。

レジで支払いをしている彼を横目に、一足先にお店を後にして外で彼を待つ。
ここからだときっと彼は私とは別の路線の駅へ向かうだろうから、本当にここで解散になるんだろう。
ほんと、今まで楽しかったなあ。

「なあ」
いつの間にかお店から出ていた彼が声をかけてくる。
「ん?」
「お前のそれ。新しいピアス。お前に似合ってんで」
「あー、これ?結構痛かったわ」
まだまだ安定しない傷がある方の耳を自分で触りながら笑って見せた。
これに気づいてくれたら…なんて、そんなことを考えていたことは忘れよう。
もう今更、全部終わった話なんだから。
「そうやと思うで」
だってそこ骨の部分やん、と言って彼も笑っている。

「なあ光」
「ん?なに?」
「やっぱ光が正しかったわ」
「なんのことや」
「さあ?なんもない。じゃあ、私はあっちやから」

そう言って私は初めての恋人に別れを告げた。

あの時、あの人の耳にも私の知らない傷が増えていたのを知ったのは、それから何年も経ってからだった。




▽『1つ目』を書いた時から決めていた、新しいピアスに気が付いてくれたら…と思いながら結局別れを選ぶお話でした。
実は二人ともおんなじことを考えていて、財前はちゃんと気づいてくれたけど、気付けなかったのは女の子の方でした、という結末。軟骨が痛いのを知ってるのは自分も開けていたから。
元々は新しいピアスホールに財前が気が付かないまま終わりを迎えて、アクセサリーが増えたって別に不安なんかじゃないって自分に言い聞かせるのを想定していました。



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