短編 | ナノ



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「先輩、ほんまに白石部長のこと好きなんすか」

放課後、試験も終わったばかりのこの時期はわざわざ図書館に居残りして勉強する生徒もいない。
気まぐれに図書館に来てはカウンターに居座り続ける先輩と当番の俺だけがここにいる。
「へ?突然なに?」
「全然楽しくなさそうやないすか、部長といても」
部長を待っているはずの先輩が「あーもう、はよ帰りたいわー」と嘆くのは今日が初めてやない。

ほんまに好きなんやったら、その人を待つ時間すら楽しみなんとちゃうんか。
そない帰りたいならひとりで先帰ればええやないすか。
「んー、どーなんやろ」
「なんすかそれ」
「なんなんやろね」
カウンターの前に置かれた新着図書コーナーの前に立ち、置かれた本をパラパラとめくりながら話す先輩は自嘲気味に笑った。
「先輩」
「んー?」
気だるげな音で俺に応える先輩は、相変わらず手に取った本をパラパラとめくることに夢中になっている。
「なんで部長と付き合ってるんすか?」
「なんでって聞かれてもなあ」
パラ、パラ、とページを捲る音と、少しだけ開けた窓から吹く風に乗って聞こえるサッカー部の掛け声が無人の図書館ではやけに大きく聞こえる。
「じゃあ、なんでわざわざ俺が当番の日ばっか見計らって図書館来るんすか」
「なんでやろなー」

一つも俺の質問に答えてくれない先輩。
あー、イライラする。
さして好きでもない男とおるくらいなら、さっさとこっち来ればええ。
まだるっこしいことせんと、はっきりすればええ。
「なあ」
わざといつもより低い声を出せば、先輩はようやくページを捲る手を止めて顔を上げた。
手にしていた本をそっと棚に戻し、カウンターの中にいる俺の方へ振り返った先輩の顔は、今まで見たことないほど冷酷で、冷たい視線が俺をじっと捉えて離さない。

先輩がはっと息を吸い込んで言葉を発しようとする、その動きがスローモーションのように見える。

ガチャ、と扉が開く音に続いて姿を現したのは白石部長。
まるで見計らったかのようなタイミングの良さに何故かどきっとする。
ただの偶然にしても、絶妙すぎんねん。
「またここに来てたんか。邪魔したらあかんでって言うたやろ」
「でも今日は暇そうやん」
「教室で待っとけって言うたやろ」
「ええやん、別に」

暇そうってなんやねん。
確かに暇やけど。
言い返そうにも、何故か二人の間で繰り広げられる会話に入っていくことが出来ず、ただただカウンター越しに二人を眺めることしかできない。

「ほら、荷物持って。帰んで」
「ん」
カウンターから少し離れたところにある自習用の机に置かれたスクールバックを先輩が取りに向かうのを確認した部長が、一瞬だけ振り返り俺を一瞥した。
その時の視線がついさっきの先輩の視線と重なる。

肩にバックをかけて戻ってきた先輩を迎える部長は俺の方に背を向けていて、その表情はもうこちらからは窺えない。
先程のたった1秒にも満たないほどの短い一コマが、まるで写真に刻まれたかのように永遠に脳裏に焼き付いている。

「ねえ、財前くん」
白石部長に手を引かれるようにして歩き始めた先輩がぴたりと足を止めてこちらを振り返る。
部長の表情は相変わらずここからは見えず、その長い髪の毛に隠された横顔は微動だにしない。
代わりに、部長の隣に立つ先輩は真っ直ぐに俺の方を見つめている。
「…はい」

あの時と同じ冷たい目をした先輩が俺を射抜くように見据えたまま言葉を発してから、再び歩き出す。

「好きやからやで」

先輩の言葉は2つあった質問のうち、どっちに対する答えなんやろか。

二人が出て行った後、ひとりでに閉ざされた扉を黙って見つめながら、先輩の冷たい視線と一瞬見せた部長の目線がもう一度重なった。


▽先輩の真意は謎のまま。白石の真意も分からない。
財前目線のそんなお話。


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