短編 | ナノ



たかが1年、されど12か月_



「先輩〜はやく行きましょうよ〜」
「はいはい、ちょっと待ってね」
「もう待ちましたってば」
「赤也が邪魔ばっかするから進まないの」
「え〜俺のせいっすか」

そんな二人のやり取りはもはや恒例で、他の部員たちは今更気にも留めない。
彼らの会話を聞いては一々胸に突き刺さる痛みに黙々と耐え続けているのなんか私くらいだと思う。

私が切原先輩の存在を知った時には既に先輩たちは付き合って半年も経っていたらしい。
始まる前から試合終了。

「ほら。片付け終わったんなら1年は暗くなる前に早く帰りなよ」
部室で椅子に座ってぼーっとスマホを眺めていた私を見た部長が声をかけてくる。
きっと部長は私の気持ちを知っていて、あの二人から私をなるべく遠ざけようとしているんじゃないんだろうかとすら思ってしまう。
「はい、すいません」
部長にああ言われてしまった以上やることもないのに手持ち無沙汰のまま部室に留まるのも不自然で、行き場に困った私はとりあえず部室を出るためそそくさと荷物をバッグに仕舞って立ち上がる。
「お疲れさまでした、お先失礼します」

「はーい、おつかれさまー」
「おつかれっすー」
背中に聞こえる二人の声を断ち切るように部室の扉を閉めたとて、帰る気分にもならずそのまま学校のコートを黙って見つめる。


一目惚れ、に近かったんだよなあ。
入学したばかりの頃、このコートで打ち合いをしている先輩を見て良いなあと思ったのが最初のきっかけ。
そのあと偶々私のクラスの前の時間に先輩のクラスが体育をやっていて、体育館に置き忘れられていた先輩のタオルを見つけたのが2回目のきっかけ。
A.Kのイニシャルと前の時間に体育館を使っていたクラスから、それはすぐに切原先輩の物だと特定できた。だから私はその日の放課後に男子テニス部と書かれた部室の扉を叩いた。

「えーっと…、あんた誰…?」
中から出てきたのは切原先輩本人で、部室の前に佇む私を怪訝そうな顔で見ていた。
「あ、あの、突然すいません。これ…」
手にしたタオルを見せれば先輩はすぐに顔をパァっと明るくして
「うっわー、これ俺んじゃん!!マジ助かる!どこにあったの?」
「えっと、4時間目の始まる前に体育館で見つけて…」
「あー、体育の時かー!なくしたのも気付かなかったわ。まじ救世主!!サンキューな!」

たったそれだけのやり取りだった。
でもそれだけでも私が先輩を好きになるには充分だった。
切原先輩ともっと話したい、そんな不純な動機で再び部室の扉を叩いてみれば意外にも反応は良好。
部長は「まあ人手も足りなかったところだし、居てくれたら助かるよ」と。

「あ、この前の!!」
「ああ、あの。これからお世話になります」
「っていうよりは赤也が彼女に世話される側だろうけどね」
当初の目論見通り、確かに私は切原先輩にお近づきになることができた。
切原先輩が私を覚えていてくれたことが嬉しかったし、幸村部長の軽い突っ込みが心地よかった。


「は〜あ」
思い出せば出すほど数か月前の自分の浅はかさとお気楽さが身に染みる。
別に考えなかったわけじゃないけど。
切原先輩に彼女がいるとかいないとか、いてもおかしくないとは、そりゃもちろん思っていたけど。
まさか自ら彼女も一緒にいるところに突撃しに行っていたなんて毛頭考えていなかった。

自分が彼女になりたかったな、正直な願望を言ってしまえばそれまでだけど。

でも本当になれるとは思っていなかったから、せめて先輩を近くで見ていたかったし、名前を覚えてもらえればそれでよかったし、あんなやついたなー程度で思い出してもらえる存在になれればそれだけで良かった。
実際、今の私はそれをクリアしている。
なのになぜかテニス部と関係を持つ前よりも今の方がずっとモヤモヤする。

「せっかく部活も終わって帰れるっていうのに、随分元気がないんじゃない?」
フェンス越しに黙ってコートを見つめていた私に声をかけてきたのは、幸村部長。
「部長、すいません。もう帰ります」
「別にいいよ」
先程部室で言われた言葉を思い出して、急いでその場を立ち去ろうとすれば、乾いた声で笑った部長は私を引き留めた。
「それに本当に暗くなったら俺が送ってあげるから大丈夫」
フェンスの扉を開いてコート内に入った部長はベンチに腰掛けてこちらに手招きをしている。

「俺もさ」
私がベンチに座ったタイミングで口を開いた部長は、静かな声で淡々と言葉を紡ぐ。
夕方のコートを照らす西日はベンチに座る私たちの真正面に位置していて、瞼を開くのも大変なほど堂々と私たちに橙色の明かりをぶつけてくる。
「あの二人には困っててね」
困り顔のままそっと笑う部長は、太陽に照らされて所々キラキラ輝いている。

困ってるって、どういう意味だろう。
私と同じような理由なのかな。
それとも、単に部長として、何か事務的な理由なのかな。
「そうなんですか」
「ああ、随分前からね」
「それは…大変ですね」
私がテニス部と関わりを持つずっと前から部長はあの二人を間近で見てきたんだろうから。
私なんかよりもずっと長い時間、部長は自分の胸の内にあるモヤモヤと戦ってきたんだろうな。

「私、思うんです」
「なにをだい」
「あと1年。早く生まれてたらなって」
これまで幾度となく思ってきたことを打ち明けてみた。
どうせたかが1年違うくらいじゃ何も変わらないって分かってるけど、でももしかしたら。
もし1年違ったら、何かが違ったかもしれないって、思わずにはいられないこともある。

彼が先輩と出会う前に私が切原先輩に出会っていたら。
先輩と付き合い始める前から彼のことを知っていたら。
彼と同じ学年だったら。
一度でも同じクラスになれていたら。
そんな無数の“もしも”が浮かんでは、声に乗せられることもなくどこかに消えていった。

私の言葉を聞いた部長は、ふふっと声を出して静かに笑った。
「1年、早く生まれてもね」
私を諭す様なその声に部長がこれまで抑え込んできた色々な想いが込められている気がして、私はただただ押し黙ることしかできない。
「たかが12か月くらいじゃ、結局何も変わらないんだよ」

諦めたように笑う部長を見ながら“もし部長が先輩を攫って行ってくれていたら”と思った。
そうしたら私たちは二人ともこんな風に、西日に晒されながら隠しきれない悲しさを中途半端に漏らしては不器用に慰め合う必要もなかったのにな。

部長が何を言おうとも、やっぱり私は“もし”を追い求めることをやめられなかった。




▽報われない人たちと結ばれた人たち。
本当は夢主さんに惚れていた幸村部長に慰めてもらう話を想像していたのですが、気が付いたら幸村部長もこっそり失恋しているお話になっていました。



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