短編 | ナノ



白いシャツ_



「ずっと好きでした」
今から何年前かの卒業式の日に告白をして、私は清々しい気持ちで新天地での新年度を迎えた。

やり残したことは何一つない。
地元に未練なんかなかった。

新しい高校に入って、初めてできた彼氏との恋愛に夢中になって。
地元に置いてきた初恋を時々思い出すことはあっても、それはいつも完全な形で終わった綺麗な思い出だった。

だから久しぶりに中学の同期で集まることになったと聞いても、私の心は平静でいられた。
5年ぶりの再会に怯えることは何もないし、会いたくないと思うような人だっていない。
むしろ楽しみなくらいだ。

できることならばあれ以来の再会になる彼と直接話して少しだけ大人っぽい笑みを浮かべながら「久しぶり」って言ってみたい。
あの時の私の告白覚えてる?って。
あんなこともあったよねって懐かしい気持ちを共有したい。

そんなことを考えて同窓会に参加していたからこれは全くの予想外だった。
「ちょっとええかな」
わざわざ女の子たちで固まっていたテーブルまで来て私を呼び出した彼。
周りの子たちは誰も私が彼に告白したことを知らない。ずっとずっと好きで言えないまま外部の高校に出てしまったと思っているから、みんな意味深に目配せしている。
ばかだなあ、もうとっくの昔に終わった話なのに。そんな気持ちを込めておどけた調子で彼女たちに視線を返した。
「うん、じゃあちょっと外出る?」
「そうしよか」
お財布と携帯とリップスティックだけが入っているハンドバックを手に取って席を立つ。

階下へ向かうエレベーターの中では互いに口を開かなかった。
38、25、13……徐々に数字が小さくなっていくフロアの表示を黙って見上げる。
変な感じ。
また彼と話せたらいいと思ったのに、こうして二人きりになると話題が何も浮かばない。
甲高い音と共に開いたエレベーターのドアを片手で押さえるようにして、彼は私を先に行かせる。

エントランスの無駄に大きくて立派な装飾が施された回転ドアはもはやただの飾り物と化していて、その脇にある通用口のようなドアから外へ抜け出す。

「寒ないか?」
扉を開けた瞬間に風が吹き付けて、同窓会用におろしたばかりのドレスがはためく。
「ちょっと風が冷たいかも」
「これ、着ときや」
自分のジャケットを脱いで私の肩にかけた彼はシャツとベストになった。彼の温もりが残るジャケットからは、知らない男の人の香りがする。
「これじゃ忍足くんが冷えるんじゃない?」
「俺のことは気にせんでええよ」
「ありがとう」
ジャケットの襟を掴んでしっかりと肩にかければ、私の上半身はすっかり包み込まれてしまう。

彼が歩く方へついていけば小さな噴水の用意されたホテル客のためのガーデンが広がる。
噴水は暗い空間を照らす照明の役も成していて、辺りがじんわりと照らされている。
ベンチに座った彼の隣に私も腰を下ろして、その空間をじっと見つめる。
階上では相変わらず同窓会が進行しているのだろうが、ここはやけに静かで遠くに小さく聞こえる都会の喧騒と噴水の音がこの場を支配する。
「何年ぶりか覚えとる?」
「5年、でしょ?」
「せや」
はあ、と小さく息をついた彼が前屈みになって膝に腕をついている。
対する私は彼のジャケットの中に隠れるように体を小さく固めて、隣で前屈みになっている彼の背中を見つめている。
「俺な、めっちゃ嬉しかったんやで」
きっと私に言っている言葉なのだろうけれど、まるで独り言のように呟く彼に、私は何も返せずただ黙って夜風に晒されて、彼の後ろ姿を眺める。

「卒業の時、俺に告白してくれたやろ。あれな、ほんま嬉しくて、春休み明けたら俺からもちゃんと言おうって。色々考えててな」

私が思い描いていたのは、二人で「あんなこともあったね」「若かったね」って笑うシナリオであって、こんな風に呼び出されて二人きりの空間でこっそりと彼の独白を聞くものではなかった。

「でも休み明けたらおらんやん、自分」
私からは彼の背中と後頭部しか見えないから、今どんな顔をしているかは分からない。
「…ごめん」
「ほんま狡いなあ」

私が言いたいことだけ言って立ち去ったあと、彼がそんな風に思っていたなんて考えもしなかった。
私の告白なんて彼からすれば数あるものの一つに過ぎないのだろうから。

「俺もずっと好きやったんやで」

後ろを振り向くように顔だけこちらに向けた彼としっかり目があった。
少しの間黙って視線を絡ませた後に逸らしたのは彼が先だった。
諦めたような苦笑いを浮かべた彼はもう一度、はあ、と息をついた。

「この5年な、俺いっつも思い出してたんやで」

私の中でこの上ない程完璧な形で初恋に終止符を打った告白は、彼の中では最悪なほど後味の悪い出来事だったらしい。
そんなことも知らずに私は身勝手な達成感に浸ってこの5年を過ごしてきた。

「今日やっと会えると思って張り切って来たら、今度は俺の方に見向きもせんし」
身体を起こした彼が空いていた距離を詰めて私の方に向き直る。
「ちょっと冷たすぎるんちゃうの?」
そういって笑いながら、彼のジャケットを掴む私の手に重ねられた彼の手はとても冷たかった。
「手、冷えちゃってるよ」
「せやな、誰かさんが5年も放ったらかすからやで」
「それは悪いと思ってるけどさ…」
「ほんまに悪いと思ってんの?」
「うん…」
俯きがちに頷く私を見て、どんどん指が絡まって私の手の熱も奪われていく。

「じゃあ、もう俺から逃げないって今誓って」

じっと至近距離で見つめられて視線が外せずにいると、繋がった手のひらにギュッと力が込められて再び「ね、誓って」と念を押される。
「…はい」
小さく漏らした私の声を聞いて満面の笑みを浮かべた彼を不覚にも可愛いなと思ってしまった。

「俺と付き合ってくれませんか?」
これまでのやり取りの中であらゆる退路を既に絶たれていた私は勝ち誇ったような笑みを浮かべる彼の言葉に頷くことしかできなかった。



▽ずっとその子が忘れられなかったタリユシ
さり気ないレディファーストが染み付いているタイプ
タイトル、白いシャツを着た彼の背中を見つめてるという印象でつけたのですが、そういえばベスト着てるんだったわ。
スリーピースが似合う忍足さん。



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