a wise fool_
精市くんとは本当に生まれたばかりの時からの付き合いで、子供の頃はずっと一緒に過ごしてきた。
幼稚園に行っても一緒、小学校も同じ、ずーっと一緒。
だけれども中学入学という時になって、精市くんは地元の学校ではなく私立の大学付属学校へ進学した。
私の知らない学校で私の知らない人たちと友達になって、私とは違う制服を着る精市くんは少し
ずつ私の知らない人になっていくのか。
私は「なんか寂しいね」と、中学入学前のある春の晴れた日に精市くんに伝えた。
子供のころから二人で一緒に遊んだ公園だった。
打ち明けた私に「そう?何も心配しなくても俺たちは変わらないのに」と言っていた精市くん。
中学入学から3か月経った頃、帰りがけの精市くんに会った。
学校は離れても家は近いままだ。
今回もまた二人であの公園のブランコに腰かけて互いの中学の話を教え合った。
楽しそうに学校の話をする割に精市くんは終始浮かない表情をしていたから「何かあったの?」と聞いても「何もないよ」と言って教えてくれない。
日も暮れてきて、そろそろ帰ろうかという時になって突然精市くんは「気になる人とかそっちの学校にはいないの」と言った。
気になる人と言うか。もうずっと前から好きな人はいる。
でもその人は私の通う学校にはいないから「いないよ」と私は答えた。
「そう」と答えた精市くんは憑き物が落ちたような顔をしていた。
さらにもう3か月後、放課後ばったり遭遇した精市くんに「そろそろ彼氏でもできた?」と聞かれた。
最近彼と話すときは必ずこの公園のブランコで話すことが暗黙の了解になっている。
床に足をつけたまま膝に腕を乗せて手を組んでいる彼はなんだか難しそうな顔をしている。
彼氏になって欲しい人はいるけれど彼氏はいないから、私は「ううん」と答えた。
それに対し、「へえ」と答えた精市くんは少しだけ安堵したように見えた。
そんな彼を見て私も安心して床を蹴る。
膝を縮めて。
伸ばした。
運動エネルギーを付けたブランコは大きく前後に揺れ動き、私の髪が風に靡く。
精市くんの言う通り、私たちは何も変わらない。
それでいいんだ。
ブランコが動くたび感じる秋の少し冷たい風が心地いい。
精市くんはテニス部に入ったらしいという話をある日私の親から聞いた。
きっと練習に忙しいんだろう。これまでのように放課後ばったり会うことはなくなった。
精市くんと会わない間も私はいつも彼のことを考えた。
私の知らない校舎で彼はどんな日常を過ごしているんだろう。
私の知らない仲間たちとどんな生活を送っているんだろう。
私の知らない教室で、私が会ったことのない先生から授業を受ける精市くん。
私立の中学校は給食がないらしい。
精市くんは毎日精市くんのお母さんが詰めてくれたお弁当を食べるのだろうか。
教室の固い木製の椅子に座って、給食に出されたコッペパンを齧りながらそんなことを考えた。
1年後、久しぶりに会った精市くんはやはり私の知っている精市くんとは別人に見えた。
それでも私たちは相変わらず例の公園でブランコに座る。
精市くんはいつも左のブランコで、私は必ず右のブランコ。その場所だっていつも変わらない。
そうして私たちは互いの学校生活を振り返る。
この1年間どんな出会いがあって、どんな生活を送ってきたのか。情報を交換する。
精市くんは2年になって新たに後輩が出来たと言っていた。
また1人、私の知らない人が精市くんの仲間になった。
また1つ、私の知らない精市くんが増えた。
私は彼のことを幸村くん、と呼ぶようになった。
はじめて私が彼をそう呼んだ時、幸村くんは少しだけ眉を顰めていた。
「彼女とかできた?」
1年前に幸村くんが私に聞いてきた質問と同じことを聞いてみた。
足は床につけたまま、ブランコは動かない。
「いないよ」
否定する幸村くんの言葉を聞いて私は安堵した。
私たちは何も変わっていない。はずなのに。
「彼女になって欲しい子はずっといるんだけどね」
幸村くんの言葉を聞いて私は、
「へえ、そうなんだ」
そう言って何も気付いていないフリをした。
10数年間変わらない関係を変える勇気が出ない私は道化を演じた。
私たちはこれからも変わらないはずだから。
強く床を蹴ってブランコを一生懸命漕ぐ。
変化を求めている幸村くんに涙が出そうになったのを堪えるために、力一杯に膝を伸ばしては縮める運動を繰り返した。
昔から変わらない幸村くんの綺麗な声。
昔と変わらない声で、昔と同じように私の名前を呼ぶのが風に紛れて聞こえた。
私はもう一度、思いっきり膝を伸ばして髪を靡かせた。
▽a wise fool. 賢い道化
幸村が着実に変わっていくのを感じていて、幸村がその変化を彼女に求めていることも分かっているのに、何も知らないフリして過ごす女の子。
誰よりも敏感に感じ取っているのにすべて分からないフリをしてやり過ごす。
幸村に彼女が居なくてよかった。そう思うのに、自分が彼女になる勇気を出しきれない。そんな賢くて不器用な女の子でした。
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