短編 | ナノ



ホワイトルシアン_


いつもその人は忘れた頃に連絡を入れてきて、私の日常に切れ込みを作る。
ただ一言、「会えるか?」
たったその5文字で何もかも切り裂いてしまう。

唐突に現れてはこうして私の日常を崩していく彼に対して、私は少しくらい自分も乱されればいいと思った。
だから私はその5文字に返事を返さなかったのに、なのに仕事終わりの私の足はいつもこうして連絡がきた時に使っているバーへ向かっていた。
一人でも、謙也とも行ったことがない、そこに行くときは必ず彼が一緒の場所だった。

こんなカウンターバーでお酒を飲むにはまだ夜は早すぎる。
薄暗く照らされた8席のカウンター席は1席しか埋まっていなかった。
そして私はさも当然が如く、埋まっている席の隣にある座席を引いた。

「来てくれへんのかと思うてた」
そうわざとらしく眉を下げて困り顔を作る彼は、きっと私がここにこうして現れることを予見していたに違いない。
「だって来るつもりなんかなかったから」
私のその言葉に、来てくれてありがとうと返す彼は穏やかな微笑みを浮かべていて、彼の飲むドリンクのように甘い雰囲気を醸し出す。
彼のその笑みを見て私は2日前に会ったばかりの恋人のことを想った。

「あぁー今日会えてほんま良かったわー」
そう言って笑っていた彼の表情には疲れが滲みながらも、どこかすっきりとした明るさで溢れていた。
謙也は今私の目の前にいる男のような、どこか含みを持った、陰鬱さと物淋しさや慈愛の入り混じったような表情なんて浮かべない。
彼はいつだって真っ直ぐに私を照らす太陽のような溌剌さを放っている。
私はそんな、ありったけの愛情をストレートにこちらへぶつけてきてくてる彼が好きなのに、その明るさでも照らしきれないどす黒い闇を抱えている自分がいる。

「マスター、ブラックベルベットください」

ここに来る時はいつもこのドリンクだ。
他のバーでは中々飲めないからという理由で頼み始めただけなのに、なぜかその黒々とした液体がここにいる私にぴったりな気がしてこれ以外を頼むことはなくなった。

口内に広がるシャンパンの泡とビールのほろ苦さを感じれば、これまでこのカクテルを飲んできた時間が不意に駆け巡り、ああまた私はこうして謙也の無垢を裏切るんだと悟った。






▽タイトルは白石さんが飲んでいたドリンク。
なんとなく、こう、ブラックルシアンよりはホワイトルシアンの方が白石さんにはお似合いな気がしました。甘ったるいほど甘い中にもピリッとした苦さというかアルコール臭が鼻腔を刺激するカクテル。
ブラックベルベットは私も今まで1か所でしか見たことないんですけど、黒々としたドリンクです。ただどす黒いというよりは透き通った黒というか、なんというか。美しいです。黒ビールとシャンパンがレシピらしいです。ブラックベルベットの透明感のある澄み切った黒さがこの女の子にぴったりかと思いました。

そして今回のこのお二人。白石は女の子が謙也と付き合ってるのは承知済みです。
でも彼女が謙也と付き合い始める前から実はそういう関係にあったのが白石という感じ。
謙也が彼女に告白したと聞いて、悩む彼女の背を押したのも白石。
でも自分だってその子のことが好きで諦めきれないよっていうね。それで半年に一回くらい連絡を寄越しては、彼女の日常に切れ込みを入れる。

本当はその女の子のことが好きで好きでたまらない白石も、何も知らないまま彼女を大切にしている謙也も、謙也を裏切り続ける女の子も、誰も幸せになれないお話でした。あとがきの方が長いまである。いつか加筆したい。




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