短編 | ナノ



君を傷つけていいのは僕だけだから_

(高校生設定)


「卒業したら何したい?」

卒業式を目前に控えたとある平日の昼休み。

脚を組み、頬杖をついたまま窓の外をじっと見つめていた不二が不意にこちらへ顔を向けたと思えば唐突に聞いてきた。

最近はもう受験も終わってあとは合否待ち。授業も新しく習うことは既になくゆったりとしている。合格が決まった子の中にはもう車の免許を取った子なんかもいると聞いた。そんな私たちにとって「卒業後」の話題は今最もホットだった。

「んー、なんだろ。とりあえず免許は取る予定」

「ふーん?君が運転かあ」

隣の席でニコニコしながらこちらを見つめる不二の表情はさも意外と言わんばかりである。

「なにさ?」

「ううん、なんでもないよ」

眩いばかりの微笑みは、不二の後ろにある窓から差す太陽の光のせいで本当に輝いて見える。こちらを向いている彼越しに見える青い空はどこまでも澄んでいる。

なんでもなくなんかない癖に「なんでもないよ」、そう誤魔化すところは3年前から変わらない。

不二の言う「なんでもない」が意味するのは「問題あり」だ。私が運転することに不信感を抱いているのだろう。失礼極まりないその思考は決して口から出ることはないため直接責めることも出来ない。本当にタチが悪いと思う。

「不二は?卒業したらやりたいことって?」

「うーん、僕は特に浮かばないなあ。まあでも、休みの期間を使って少し遠出したいかな」

「カメラが趣味だったっけ」

「よく覚えてたね」

「まあね。不二らしいなーって思ったから」

「覚えていてくれて嬉しいよ」

陽の光を浴びてキラキラ輝く彼の髪の毛を見て不意に思いついたことがある。

「ねえ、やっぱあった」

「ん?なんだい?」

「卒業したらやりたいこと」

「へえ?」

で、何がやりたいの?

そう尋ねる彼にありきたりの高校生らしい答えを返した。

「ピアス」

「開けたいの?」

「うん」

キラキラ輝く不二の髪の毛を見て、去年卒業した先輩が大学入学前に新しい装飾の可能性を手に入れたことを思い出した。

今の今までピアスのことは忘れていたくらいだから、どうしても開けたくて仕方がないというわけではないけれど。

これまでとは違うお洒落の道が広がり、その耳に揺れる華奢なピアスを誇らしげに触る先輩の姿は何故だか印象に残っている。制服を脱ぎ、ピアスを揺らす先輩は酷く大人に見えた。

「君がそんなこと言うなんて少し意外」

「そうかな?去年ね先輩が開けてるのを見て綺麗だなって思ったの」

「君はそのままでも充分だと思うけど?」

机に頬杖をついている彼は至って真剣な表情で、冗談めいた台詞も冗談には聞こえなくなってしまう。

「はいはい、もうそういうの良いから!」

照れ隠しに手のひらをブンブンと振って話題を遠ざけようと試みる。

「ねえ?」

突然身体ごとこちらに向けて、通路に脚をはみ出させた彼。脚組みを解き、微かに広げた膝に両肘をついて覗き込むようにこちらを見つめてくる。

ほんの少しだけ近くなったその距離と、小さくなった声に何かイケナイ話をされるのかと無意識のうちに身構える。

「そんなに警戒しないでよ」

そう言ってくすくす笑う不二は、悪い話じゃないから、と続けている。

「…なに?」

「来週、式が終わったらさ。部室にきてくれる?」

「……なんで?」

そんなこと言われたらますます怪しいに決まっている。私は目の前にいるこの男とは違って、怪しいと思えばすぐに顔に出すタイプだ。

「いいから。きて。きっと君にとっても悪くないことだから」

約束、そう一言残して満足気に自分の席に向き直った彼は、笑みを浮かべたまま再び窓の外へ視線を向ける。

私にとっても悪くないこと、なんて言い方じゃこっちは何もわからない。ただ一つ分かるのは、不二にとっては良いことなんだろうということ。それは彼の表情を見れば一目瞭然だった。



来たる卒業式。

厳かな入場から始まり、祝辞祝辞祝辞の嵐。正直顔もあまり知らない学園の偉い人達が私たちの卒業を祝う定型文句を連ねている。

高校生活で流した涙、積み重ねた努力、楽しかった日々の思い出。それら全てが私たちという一人一人を形作り、輝かしい未来へ結びついていく。そして今この別れの時を迎えようとも、私たちの同級生は永遠の友である、とかそういう話。

きっと5年後10年後、今この瞬間を思い出す私はこの生活に胸を焦がすのだろうか。この言葉が身に染みる日がやってくるのだろうか。渦中にいる時には見えない何かがいつか見えるようになったとしても、それは今の私には一つも理解できない。

想像は出来ても実態は伴わない。

つまり、それはただの知識理解にすぎないということ。

高校時代は青春だ、なんて言ったところで当の私たちにはそんな自覚なんてない。

周りの大人たちが自分の高校時代を振り返ってそう言うのを聞いているだけ。

私たちのこの時間はかけがえのない時間で、これは人生で二度と訪れることはない「青春」と言う時間らしい。

そう頭で理解しているだけだ。

きっと真にこの時間の貴重さを噛み締めて生活している高校生など何処にもいなくて、みんな後になって振り返った時にその時間の“特異さ”に気付くんだ。そしてその瞬間、過ぎ去った時間を思い出し胸を焦がすに違いない。

だから今の私たちに青春の何たるかを説かれても、きっと誰も本質的には理解できないんだ。

在校生や先生たち、保護者たちが拍手で私たちを見送る。鳴り響く拍手を聞きながら、“今、青春に別れを告げよ”と追い立てられているような気がした。



長く退屈な式の終了後、私たちは教室に戻りクラスメイト達とアルバムを交換し、わいわい騒ぎながらメッセージを書き合う中、不二が「これが終わったら部室だからね」と声をかけてきた。

そうだ。先週のとある晴れた昼休みに不二はそんなことを言っていた。あんな怪しげな提案でも、今更放っておく訳にもいかない。

担任の先生から最後の話を聞く中でも私はこの後何が起こるか、気が気でなかった。

きっと先生は凄く感動的な話をしているんだろう。その証拠に4、5人のクラスメイトたちが涙を流している。そして私はそれをどこか遠くから見ているような気持ちで眺める。

不二は一体何をしたいんだろう。3年間それなりに仲良く過ごしてきたはずだけれども結局彼の考えを読めた事はただの一度もなかった。

そしてそれは今回も同じ。

最後のホームルームが終わった後、クラスメイト達と写真を撮るのも程々に切り上げ私は一人テニス部の部室へ向かった。

一体何が待ち受けているんだろう、不安と緊張が入り混じる気持ちのままそっと扉をノックしてみると、中から「どうぞ」という声が聞こえる。

扉を開ければ、卒業証書の入った筒を持ち、学ランのポケットに花を挿したままテーブルにカバンを置いて立っている不二がそこにはいた。

「…おじゃまします」

テニス部員でもない私は当たり前に部外者だし、そもそも不二だってもう部活を引退して数か月経っているのだからこの部屋からしたら彼もまた部外者だろう。高校3年間、校内はあらかた知り尽くしたと思っていた私は一度も足を踏み入れたことのない部屋に恐る恐る入っていった。

「荷物は適当に置いていいから」

そう声をかけてきた不二は、なにやらカバンの中をごそごそと漁っている。記念品や後輩からのプレゼントで沢山の荷物が詰まったそれを漁る不二を横目に、私もまた両手に沢山持っていた荷物を部室のテーブルに置かせてもらった。

室内を見回せば、部員それぞれに割り当てられたロッカーやタオル、ボールの入った籠がそこかしこに置かれている。

壁には表彰状や集合写真などが所狭しと飾られていて、テニス部を継いできた歴代の高校生たちの軌跡が残されていた。

「そこの椅子に座って?」

指されたのはテーブルの端にあるパイプ椅子。言われた通りそれを引いて大人しく腰掛け、不二を眺めていたら彼はカバンから何かビニール袋を取り出しながら私に言った。

「高校卒業したらやりたいこと」

静かに呟くように発されたその言葉も、二人しかいない小さな部室では十分すぎるほどよく聞こえる。

「うん?」

「覚えてる?先週話したでしょ?」

「うん、まあ」

戸惑いながら発せられた私の言葉を聞いた不二が、ビニール袋の中に入っていたものを机の上に広げ、私の方に向けてきた。

そこにあったのは小さく白いもの2つと、青い小箱1つ。

「…これは?」

「ピアッサーだよ。こっちはピアス」

青い箱を軽く持ち上げながら言う彼は、小箱を一旦机に置くと、部室内を軽く見まわして、棚の上にある箱の中から消毒液とペーパーを取り出した。

「ピアッサー…」

「そう。卒業したら開けたいって言ってたでしょ?」

「まあそうだけどさ」

「だから、せっかくなら今日やってみたらどうかなって。今日やるのが嫌だったら持って帰ってもらっていいけど」

あまりにも唐突過ぎる展開に頭が全く追い付かず、不二の言うことに茫然と流されるばかりだ。

「この箱は?」

2つ並ぶピアッサーの隣の箱を指して聞いた。ピアスだと先程不二は言っていたが、ファーストピアスはそもそもピアッサーに付属しているはずだ。

「僕から君への卒業祝い。ファーストピアスが取れたら、それを付けれるようにって。気に入るかは分からないけれど」

開けてみても良いよ?という言葉に、興味をそそられつつも何となく畏れ多くて、いや…大丈夫、と答えてしまった。

「そもそも卒業したらっていうか、私たちまだ卒業してなくない?」

確かに先程卒業式には出席したが、じゃあ今の私たちは卒業済みかと言われればきっと違うはずだ。

「うーん、でももうこの後校舎を出てしまえば、僕たちはもう校則には縛られない自由の身だよ。少しくらいフライングしたって大丈夫だよ」

この3年間幾度となく目の当たりにした不二のあの微笑みは急に悪戯っ子の悪だくみのように見える。

そんな不二は、椅子に座る私の横に立って机の上にあるピアッサーのパッケージを開けている。やはり彼の考えは到底理解できるようなものではない。どことなく楽しそうな雰囲気を醸し出す彼を黙ってみながらそう思った。

「どこに開けたいかは大体決まってる?」

「え、全然。だって何も考えてないし、そもそも突然すぎるし」

「じゃあ、今決めようか」

そう言いながらどこかから取り出した鏡とペンを差し出してくる。場所を決めて印をつけろという意味だろう。

確かに卒業したらピアスを開けたいと言ったのは私だが、まさかそれがこんなにも早く訪れるとは思ってもいなかったし心の準備も整っていない。そもそも二人きりで部室にいて私たちはいったい何をしようとしているんだろう。冷静に考えれば、キリがないほどに疑問ばかりが浮かんでくる。

それでも、差し出された鏡とペンを手に取って、ピアッサーの説明書を真剣に読んでいる不二を見れば、然るべくしてこうなったという感も否めない。

いい機会だ。これも何かの運命の廻り合わせに違いない。

ほんの少しの勇気さえ出してしまえばあとはもう勢いだった。

鏡を手に、自分の耳元を確認して、良さそうな位置にそっと印を一つ付ける。

「ねえ、どう?」

隣に立つ彼を見上げて声をかければ、私の耳元を覗き込むように姿勢を低くする。横に彼の視線を受けつつ、私は緊張しながら正面を見据える。正面にはこれまでの試合で表彰された輝かしいテニス部の歴史が連なっている。

「うーん、もう少し上でもバランスがいいんじゃない?…例えばここら辺」

言いながら私の手からペンを奪い取った彼が、そっと耳に印を残す。微かに耳たぶに触れる手がくすぐったい。鏡越しに見てみると、先程私が付けた印のやや上あたりにもう一つ新しいマークが残っていた。

「確かに。そこの方がいいかも。人から見てもらった方が良いもんだね」

鏡に映る自分の耳を片手で軽く押さえながら、顔を上下左右に動かして確認する。

「じゃあ、ここでいい?」

「うん」

頷いた私を確認した彼が、消毒液を開けてペーパーに軽く吹きかける。独特のアルコール臭が鼻を突いたと思えば、ひんやりとした感触が耳に触れる。

「なんか緊張するね」

耳の消毒が終わった後に、ピアッサーを手に取った彼がそう言った。

「やめてよ。私の方がずっとドキドキしてるんだから」

「それもそうだね」

すぐ隣にいる彼がふふっと笑った音が聞こえる。

「ねえ、不二。一応聞くけど、人に開けたことあるの?」

「まさか。ピアッサーを見るのだって初めてだよ」

何となく分かってはいたが、まさかの発言に思わず彼の方を振り返って抗議の視線を向ける。

「ねえ、ちょっと。本当に大丈夫なの??」

「ふふ、大丈夫だよ。僕を信じて」

満面の笑みで答える彼に、「なおの事不安なんですけど」と言えば、無理やり顔を正面に向けられてしまう。

「ほら、前向いて。やるよ」

「はーい、失敗しないでよね」

「大丈夫だって」

先程まで二人で笑い合って冗談めいていた部室の空気が、少しだけ真剣なトーンになった彼の声によって再び緊張感に満ちたものになる。

「じゃあ、開けるからね」

その一言ののち、耳元にかざされた器具。

いくよ、という少しこわばった不二の声とほぼ同時に聞こえてきた少しバネが反発する音に続いて、カシャンと音が響く。

少しの痛みと、じんじんと熱が回る感覚が耳元を襲う。

「できたよ」

渡された鏡を見れば、確かにそこに一つ、見慣れない輝きとやや下に残る黒いマーカーの痕。

「どうだった?」

「思ったよりは痛くない」

「そう?それは良かった。じゃあもう片方もやるよ?」

反対隣に移動した彼は、私の座っている椅子の隣にある椅子を引いて、グッと近づけた。そして徐にそこへ座ってもう片方の耳を出すために耳元にある髪の毛をそっと耳にかける。先程は床に膝をついて高さを合わせていた彼が、今度は隣の椅子に座ったことによってさらに距離が近くなる。

ピアスを開ける緊張感は既に解き放たれたことにより、今度はさっきとは違う緊張感が全身を駆け巡ってきた。

時々耳に触れる彼の指先や、横顔に注がれる視線、微かに感じる吐息、そして私の座っている椅子を囲むように大きく膝を広げ投げ出された彼の脚。まるで逃げ場が奪われたような、不二の身体で閉じ込められているような感覚に陥る。

「さっきと同じような場所でいいよね?」

意識し始めると急に、近距離で見つめられながら耳元を触られる行為が酷く恥ずかしく感じる。先程と同じように耳元に印をつけられ、一度鏡で確認するよう促されるがこの際もう見ても見なくてもその良し悪しを判断するほど冷静な思考は残っていない。

「うん、ここでいいので、早急にお願いします…」

決して隣を見てはならぬという暗示に掛かったが如く、真正面だけを注視して手鏡をテーブルに置けば、また一つ笑いを溢した不二が「了解」とだけ答える。

手順は全く変わらない。消毒液をしみこませたティッシュで耳たぶを消毒し、ピアッサーをかざしてパチンッと鳴らす。

一度経験したその感覚はもう既に慣れたものである。再び鏡を手に取って確認すれば、反対側と同じ位置に輝くものが一つ。

「わ、凄い。ほんとについてる」

一年前に見た先輩の耳元と同じような光が私の耳元にもついている。鏡を覗き込めば本当に開けたんだ…という感慨が胸を襲う。

「どう?僕の腕は」

「完璧。ありがとう、不二」

隣で私の様子を見ている不二を振り返り、素直に感謝の気持ちを述べた。あまりにも唐突すぎる申し出に困惑したのは違いないが、それでも私のやりたかったことを叶えてくれた彼には感謝している。

相変わらず私を挟み込むような姿勢で座っている彼とは思いの外距離が近く、感謝の言葉を伝えるためそちらを振り返った時、間近に迫った彼の顔にドキッとして慌てて俯いてしまった。

そんな私の行動を見ていた彼が、くすくすと笑っているのを聞いて増々恥ずかしい気持ちが込み上げてきては成す術もなく俯いている私を見た不二が不意に動いた。

ほんの少しだけ腕を伸ばして、横から私の身体を抱き込むようにした不二は先程まで散々触っていたところよりも少し上の辺り。

こめかみの近くに小さなキスを落とした。

「ごめんね、つい。君が可愛くて」

全くもって悪いと思っていないような口調と、小さく笑っている声。

「…もう。今のはお礼代ってことにしておいてあげる」

全身を駆け巡る血液が、新しく出来たばかりの両耳の傷と顔の辺りに集中しているのを感じながら何とか不二に切り返した。相変わらず例の、ちょっと悪戯っ子の微笑みを浮かべている彼は如何にも平静で、こんなにもドキドキしている自分に一層恥ずかしさが増す。

「ええ?お礼ならもう少し貰わないと足りないんだけど?」

と冗談めいた言葉を放つ不二から逃げるように立ち上がって、軽くその肩を叩く。

「ほら、教室もどろ。まだみんな残ってると思うよ」

「そうだね。行こうか」

そう言ってテニス部の部室を後にした私たちは二人で並んで再び教室へ向かう。

3年間で知り尽くしたと思っていた校内を不二と一緒に歩きながら、耳元に感じる仄かな痛み。それだけでこの学校が何もかも違ってみてくる。

そして、きっとこの傷こそが私の青春の証になるんだろうと思うと、ほんの少しだけ“青春”について理解が深まったような気がして、手のひらに収まる小さな青い箱をグッと握りしめた。





▽不二くんにピアスを開けてもらう話でした。
ずっと消えない痕を残した不二くんと、大学生になっても社会人になっても高校生活最後の日の思い出を振り返っては“青春”の甘酸っぱさを噛み締める女の子。
タイトルは「青春の証」とかにしようと思ったんですけど、なんとなく不二くんがなぜこの行動に出たのかという彼の思考をば。正直気持ち悪いと思います。不二くんだから許される。
この時不二くんに貰ったピアスはたとえピアスホールが塞がったとしても捨てられないでしょう。




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