短編 | ナノ



酒の過ち_


「…好きや」

うわ言みたいに呟く彼は本能のままに腰を振っていて、てんで滑稽だと思う。
そしてそんな彼に抱かれながら善がってる自分も哀れだ。

「めっちゃ旨い日本酒貰てんけど、一緒に飲めへん?」
謙也とはよくサシで飲みに行く関係だった。学生の頃からよく一緒に飲みに行っては、好きな女の子に中々アプローチをかけられない謙也の話を聞いて色々アドバイスをしていた。
その関係は謙也が例の女の子と付き合うようになってからも変わることはなかった。
その子と初めての喧嘩をした時には相変わらず相談を受けたし、付き合ってから初めて迎える彼女の誕生日サプライズの相談にも乗ってあげた。
中々その子と手を繋ぐところから先に進めなくてヤキモキしている話は会うたびに聞かされたし、初めてキスをした時の話も詳細に語られた。聞いてもいないのに。
そうしたら次はキスより先に進めないという話に話題は変遷し、そんな相談もお酒を飲みながら何か月も聞いた。

そして毎度報告会と称して事後報告を聞く私に、アドバイス通り実践したら上手くいったと嬉しそうに語る謙也を私は幾度となく見てきた。
その度に相手の女の子を想って私は同情していた。
自分の彼氏が自分以外の女に明け透けと二人の全てを打ち明け、悩み相談をして。
挙句その女が酒を飲みながら口にしたアドバイスを忠実に実践する彼氏も、そうとも知らずそれに喜ぶ自分も。謙也の彼女はなんて可哀そうな女の子なんだろうと、聞くたびに思っていた。

彼女と謙也が別れてからはさらに頻度が増したように思う。
せめて一か月に一度の恒例開催だったお悩み相談会は、1週間に数回開催されるようになっていた。
もはやお悩み相談会というよりはただ会社の愚痴を話したり、日常のどうでもいい話をするだけの会になっていたけれども。
それでも私たちは一度も“宅飲み”をしたことがなかった。
避けていたわけでもなんでもなく、ただ自然とその流れにならなかっただけの話。
だから私は軽率な気持ちで謙也の提案に乗った。いつもと同じ心持で謙也と飲むつもりだった。

「…なあ?」
二人とも充分すぎるほど充分に酔いも回ったころに、瞼を重くしながら床に座ってローテーブルに肘をついている謙也がそっと探るように言い出した。
たったその一音を聞いただけで、直感的に悟ってしまった自分に嫌気がさす。

謙也が初めてできた彼女との純愛を楽しんでいる間に、私は軽薄な関係を繰り返しているだけだった。
欲しくもない経験値だけが積もっていったせいで、男の人がそういうことに持ち込もうとしている時のパターンがいくつか見えてしまう自分が心底嫌で仕方ない。
頬杖をついている肘を支えるようにテーブルの上にのせていた左手を、少しずつ私のほうに伸ばして、おちょことも言えないようなグラスを握っていた私の手に重ねるのを他人事のように見ていた。

「俺んちに来たってことは…」
「謙也」
そんなくだらない台詞やめてよ。そんな、名前もろくに知らないような男たちが言うような言葉。

(家についてきたっていうことは、そういうことだよね?)
最後に関係を持った人は私よりも2歳年下の大学生だった。
こうして行きずりの関係を持つのは初めてだと言って少し恥ずかしそうにしていた彼も、結局はそこらへんにいる男たちと変わらない奴だと思って、それ以来連絡も取っていない。

それでも私はそんな男たちよりももっとずっと駄目な女だから、自分の手に重なる謙也の手に指を絡ませて、少しだけ腰を上げてテーブルをはさんで向かい側に座っている彼の唇を奪ってみた。
本当は謙也とだけはこんなことしたくないはずなのに、ずっと触れてみたいと思っていたそこに触れることの出来るチャンスが唐突に訪れてしまった欲に打ち克つことができなかった。

それからは何も特別な展開なんてなかった。
どこにでも、よくある男と女のまさぐり合い。
隣に移動してきた謙也が私のブラウスの胸元から手を入れてきて、私も彼のシャツの隙間に手を差し込んだ。
よくあるキスをして、よくある流れのままベッドになだれ込んで、服を脱がし合った。

ただ1つだけ違ったのは、繋がっている時に彼が一言「好きだ」と言ったそれ。
その一言にドキッとして身体中に甘い感覚が痺れ渡った後に、思いきり胸が締め付けられた。

違うでしょ。
君は本当に好きな女の子をこんな風に抱くような人じゃない。

誰よりも私が一番よく知っている。
好きな女の子に声をかけられなくて悩んでいる彼も、手を繋いだだけで舞い上がるほど喜んでいた彼も、キスから先にずっと進めなくて一人で頭を抱えていた彼も。
ずっと見てきたから私には分かる。謙也は別に私の事を好きなわけじゃない。
ただ本能のままに身体を動かして、溺れた思考で口を吐いて出てしまっているだけ。

きっとあの子を抱いていた時にいつも言っていたんだろう。それでクセになってしまってるだけ。

片思い中の男の恋愛相談に乗るばかりか、別れた後の慰めに使われて、ましてその子とのセックスを彷彿させるような抱かれ方までして。可哀そうで哀れな私。
謙也の元カノに同情していた私が一番滑稽な存在だったのだって本当は自分が一番よく分かっていた。

謙也が抱いているのはあの子じゃなくて私なんだということを思い知らせるため、私の上で動き続ける背中に爪を立てて痕を残した。




▽謙也は本当にこの女の子のことが好きでも良いし、軽率な酒の過ちでもどっちでもいいよ。



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