真夏のバドミントン_
「ねえ、バドミントンしにいこうよ」
土曜の夜9時、突然彼が言い出した。
「え、今から?」
「そうだよ、今から」
くすくすと笑顔を浮かべている彼は、まるで今が夜の9時であることを知らないように見える。
「今何時か知ってる?」
「知ってるよ、9時でしょ」
無邪気な笑顔でそう答える彼の口調は、「それが何の問題なの?」とでも言いたげだ。
「もうシャワー浴びちゃったよ」
「少しくらい大丈夫だよ」
ほら、行こう?そう言って私の手を取る彼の足取りは軽い。
スニーカーを履いて外へ出れば、夏の夜の空気が肺にまとわりつく。昼間ほど熱狂的な暑さはないものの、涼しいとも言い切れない生暖かく重たい空気。
「どこまで行くの?」
「ん?すぐそこの公園」
いつになく声が弾んでいる彼は、右手にバドミントンのラケットを持って左手で私の手を引いてぐんぐん進んで行く。
5分ほどでついた小さな公園は2つのライトが照らしているもののやはり薄暗く、この時間には誰もいない。公園の中央辺りの少し開けた空間で足を止めた彼は、ラケットを袋から取り出しそれを一つを私に渡してくる。
「はい、こっちが君のラケット」
「どっちでもいいんじゃない?」
「こっちが僕の」
取り出したもう一つのラケットを軽く持ち上げて私に掲げて見せる。
本当はどっちも同じラケットのはずなのに、彼が嬉しそうにそう言っているのを聞くとそれでもいいかもしれないと思ってしまう。
「君はそこに立ってて」
言いながら、駆け足で私から距離を取った不二が遠くから私に向き合う。
「じゃあ行くよ!」
そう声を上げてから、彼の持つラケットが下からシャトルを軽く打った。
白い羽根が緩い弧を描いて空を切る。
私も力を込めてラケットを振りかぶり、シャトルを不二の方へ追い返す。
不二の立つ位置から少し離れたところ目がけて落下していくシャトルを、ラケットを伸ばしながら走って取りに行く彼の姿は生き生きとしている。
「ねえ!!遠いよ!」
「あはは!ごめん!!」
声を上げて笑いながら不満を言う彼に、私も笑いながら謝る。
不二が返してきたシャトルは私が立つところを正確に目がけて飛んでくる。
緩やかなラリーを続けながらずっと疑問だったことを問いかけてみた。
「どうして突然バドミントンなの?」
遠くに立つ彼に届くように大きな声を上げながら、飛んでくるシャトルを相手にする。
「やりたくなったから!」
言いながらラケットを振る彼は相変わらず余裕そうにしている。
「こんな夜遅くなのに?」
夏の夜の蒸し暑い空気の中で動けば、身体はすぐに汗ばみ始める。パンッと軽い音を立てて飛んでいくシャトルを目で追いながら、額に滲む汗を拭った。
「そう!夜遅くなのに!でもいい運動でしょ?」
「まあね!」
私が飛ばすシャトルは大きくルートを逸れて飛んで行ってしまった。
それを追いかけて拾い上げる不二の顔には笑みが浮かんでいる。
「ほら、ちゃんと返してよ!」
相変わらず真っ直ぐ私目がけて飛んでくるシャトルのお陰で、私は不二ほど走らずに済んでいる。ただ飛んでくる白を打ち返すことに集中してさえいればいい。
「ごめんってば!」
「まあ、別に、いいけどね!!」
これまでとは明らかに違う音を立てて振りかぶられたラケットに打たれた羽根は、一直線に私の足元目がけて物凄いスピードで降下してくる。
当たり前にそのスピードに追い付けなかった私にはラケットを動かす隙も与えられず、足元に落下したシャトルを見遣った。
「ねえ、不二!それはなしでしょ!!」
「なにが?」
あははは、と声を上げて遠くで笑っている彼。明らかに今のは確信犯なのに、知らないフリをして楽しんでる。
「君がいつも僕に意地悪するからだよ!」
「意地悪じゃなくて下手くそなだけなの!」
「さあ、どうかな?」
ほら、はやく!という不二の声に促されて足元に転がるシャトルを拾った私は再びそれを不二の元へ飛ばし、軽い音を立てて白い羽根が私たちの間を往復する。
夏の夜の公園にラケットが羽根を打つ音と、私たちの笑い声が響き渡った。
▽無邪気な不二くん大好きです。声を出して口を大きく開けて笑っていて欲しいな。
ミステリアスで触れ難い雰囲気を持つ彼も魅力的ですが、案外子供っぽいところがあって周りを振り回すような彼の方が彼らしいような気もしてしまいます。
ちょっと意地っ張りで、子供っぽくて、無邪気な不二周助。
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