夜半の月_
「明日は満月だね」
窓辺に立つ彼が言った。
「でも明日は雨だよ」
窓の外を食い入るように見つめる彼を眺める私はソファに座っている。ここからでは月は見えない。
「そうだね。でも雨雲の向こうでは満月が光ってるんだ。僕たちから見えなくても月はそこに在り続ける」
夜空を見上げたまま独り言のように呟く彼の背中からは、彼が何を考えているのか読めない。
「行ってみたいなあ」
すぐ手の届くところにいる彼がやけに遠く感じる。彼の考える世界が遠く感じる自分がもどかしい。
「月に?」
こちらを振り返る彼の姿は背景の闇に溶け込んでいるようにも見える。開けた窓から吹き込む風がレースを靡かせ、そのまま彼を連れ去ってしまいそうだ。
「そう。月に。昔から言うでしょ、月は無憂の世界だって。それに私、満月は嫌い。この後は欠けていくだけの運命だよ。それって悲しいと思わない?」
悲しみもなければ、衰えもない、まさしく極楽浄土。
そんな浮世離れした世界が月の世界で、生者必滅、全てが滅びゆく世界が私たちの生きる地球だと昔、誰かが教えてくれた。
「月にいればその満ち欠けすらもなくなるから悲しくならない?」
「うん。満月がずっと満月のままなら良いのにって思うの」
「…衰えていくから愛せるんだと思うな、僕は。月も満ちては欠けていくからこそ僕たちは惹かれるんだ。ずっと完璧じゃつまらないよ」
再び夜空を見上げた彼は、ほんの少しだけ欠けている月を見て何を想うんだろう。
完璧じゃつまらないといいながらも、完璧であり続ける彼にはきっと満月が似合う。
「不二は満月みたい」
「君は満月が嫌いなのに?」
「うーん…不二のことは好き」
不二が開け放っていた窓を閉めたことによって、はらはらと揺らめいていたレースのカーテンが一気に鎮まり、元ある場所へと居場所を落ち着けた。
「僕は君が思ってるほど完璧じゃないよ。」
儚げに笑う彼はやはり月のように美しく見える。私にとって不二は欠けることのない満月のような存在だ。
「…でも、そうだな。僕が月だったら、僕は君を迎えに行ってあげる」
「連れていってくれるの?」
「出来ることならね。でも残念ながら僕には君を月へ連れていってあげることはできないや。」
少し乱れているレースを正し、両端に束ねられていた重いカーテンが不二の手で引かれたことによって、外と内は完全に隔絶された。内側の空間には私たちだけが取り残されているような気分になる。
カーテンの隙間を完全に閉ざし私たちを部屋の中に閉じ込めた不二が、窓を背にして私に向き合った。
「その代わり、この世にも滅びないものがあるってこと、僕が君に教えてあげる」
▽月と地球の世界観は古典『竹取物語』から。
彼女にとっては不二くんは欠けることのない満月のような存在だからこそ愛おしいし、不二くんにとっては彼女が満ち欠けのある月のような存在だから愛おしい。
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