短編 | ナノ



歯ブラシ_


「っあ・・・・!きもちっ・・・!!」
「ッそろそろイッてもええ・・・?」
「・・・ッんっ」

必死で頷く私を見た侑士が腰の動きを速め、強く打ち付けてくる。
私に覆いかぶさるようにして無我夢中で腰を動かしている侑士はそのままの勢いで深く突き続け、しばらくすると途端に動きが止まり、2,3度強くゆっくりと腰が押し付けられる。
あぁ、イッたんだな。快楽を与えられながらもどこか頭の片隅で冷静に状況を捉えている自分がいた。
私の上に乗って息を整えている侑士が、私の頭を包み込むように抱き締めて撫でてくる。
まるで本当の恋人同士の時と何も変わらない行為。

「今日なんか激しかったね」
「おん?せやろか」
「なんとなく」
侑士の肩に自分の頭を預けて、彼の身体に腕を回して下着1枚のままベッドの上で寄り添っている私たちは1年前に別れたはずだった。
別れた後、侑士の家に置いていた私物を取りに彼のアパートに来た時、その場の雰囲気に流されてベッドに入って以来結局身体の関係だけは続いていた。
侑士は行為の時も、前と変わらず優しい。
キスもたくさんするし、私をたくさん甘やかしてくれる。
終わった後はこうして二人で余韻を楽しみながら砂糖のように甘ったるい空気を吸う。
じゃあ何が変わったのかと言えば、好きだとか愛してるだとかいう言葉がなくなった。
ただそれだけの変化。

だったら別れなくても良かったかもしれないとは思わなくもない。
なんならなぜ別れることになったのかなんて今更覚えていない。
そんなことを考えて時間を無駄にするくらいなら、侑士の部屋に来て彼に抱かれる方が手っ取り早い。
好きか嫌いかで言えば好き、じゃあ彼女になりたいかと聞かれればそういうわけでもない。
それが私たちの距離感だった。

昔と変わらず侑士に抱かれていれば細かいことを気にするのがバカバカしくなるし、このままで良いやと思ってしまう私はやはり流されやすいタイプなんだと思う。
こんなダラダラとセフレなのかも分からない関係を続けて、全くだらしがない。
メリハリをつけて生きなきゃと思うのに、いざこの部屋に来てしまえばまた侑士の甘い香りに酔わされてケジメなんてどうでも良くなってしまう。

「なんや、もうおねむかいな」
侑士のぬくもりを感じながらぼーっとしていたら、腕枕をしながら私の髪の毛を無意味に手にとってはパラパラと落としている彼が言った。
「んー、そうかも」
別に眠たかったわけでもないけれど、一定のリズムで頭を触っている彼の手の感触に微睡みを誘われていたのも事実だ。
「ちょっと歯磨いてくるね」
そう言って重い身体を起こした私はベッドから降りて、自分のバッグから使い捨ての歯ブラシを取り出した。

「毎回持ってくるくらいなんやったら、置いて帰りや」
侑士がこのセリフを私に言ったのは2度。
1度目は付き合い始めの頃。そこそこお泊りも多くなってきたタイミングで言われた。
彼氏の家に自分専用の歯ブラシを置いておけることが嬉しくて、くすぐったい気持ちになりながらも侑士の歯ブラシの隣に新品の自分の歯ブラシを並べた。
あの時の私はまだまだ可愛かったと思う。
2つ並ぶ歯ブラシを見て嬉しそうにしている私を見ていた侑士が優しく笑いながら抱き締めてくれたんだっけ。何もかもが照れくさくて、青かったと思う。
2度目は別れた後だった。相変わらず侑士の部屋に上がり込んでは泊りを繰り返す私に向かって彼が言った。
通算2度目のその言葉に「さすがにそれは遠慮しておくかな」と曖昧に笑って答えた私に、「まあせやな」と言っていた彼も私と同じ笑い方をしていた。
私たちが別れることになったのはそういうところだったのかもしれない。
よく言えば互いを尊重している、悪く言えば不干渉。

袋から歯ブラシを取り出して洗面台に置いた時に不意に目に入ったピンク色。
モノトーンで揃えられている侑士の部屋には不釣り合いな薄いピンク色で、見る限りまだ新しそうだった。
つまりそれは、私の知らない誰かが侑士に「置いて帰りや」と言われたことを意味している。しかも最近。2週間前に来た時にはそのピンクはそこになかったのだから。
私の知らない誰かはいつかの私のように、少しはにかみながらそこにピンク色の歯ブラシを並べたのだろか。2つ並ぶ歯ブラシを見て嬉しそうにしている彼女を見る侑士はあの時のような表情を浮かべていたのだろうか。
自分が今現在立っているこの場所でつい最近繰り広げられたであろう、私の知らないドラマが勝手に脳内で再生される。
とにかく、もう私がここに来てはいけないというメッセージがそのピンクには込められているのを痛いほど感じた。ピンクを視界に映しながら私は無心で歯を磨く。この部屋で歯磨きをするのもこれで最後になるんだろう。
蛇口から出した水はやけに勢いがよく、水しぶきを上げる。片手で水を掬って口を軽く漱いだ私はそのまま使い捨ての歯ブラシをゴミ箱へ投げ入れた。

「ねえ、キスして」
先程と同じ体勢のままベッドに横たわっている彼の横に身体を滑り込ませて、右手に持っていた彼のスマホを乱暴に奪い取ってどこかへ放り投げた。
遠くでコツンとスマホが転がる音が聞こえるのも無視して、彼の顔へ手を伸ばし、こちらに向けた。
突然の行動に怒るでもなく、ふっと笑いを漏らした侑士は「突然どないしたん?」と言いながら深く呼吸を奪うような激しいキスをしてくれる。
今も昔も変わらず私の欲に応え、忠実に満たしてくれる彼の優しさを受け入れながら、心の中でそっと2度目の別れを告げた。





▽歯ブラシを置いていくという行為に凄くエロティシズムを感じます。「歯ブラシ置いて行っていいよ」って凄い誘い文句じゃないですか?
忍足侑士女の子にハチャメチャに優しい男でいてほしいな。
そして是非ともエロが絡まない忍足侑士を書きたい。
タイトルのセンスの無さがピカイチ




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